プロローグ‐②
昼休憩。
失禁ものの空気の中をどうにかこうにかやり過ごした私は、屋上でコンビニ弁当をつついていた。
私がこの学校に入学したのはここの女の子の平均レベルが高く、野郎の居ない素晴らしい環境でかわいい女の子たちといちゃこらするためだ。だから私は好きでもない受験勉強を血反吐を吐くほどがんばり、実家から離れているここに通うために一人暮らしをすることを、連日の土下座による土下座の重ね技によって両親を納得させた。
というのに、入学から二ヶ月。いまだに友人がミキしかいない。
衣がベチャついたエビフライを口に放り込む。タルタルソースの味しかしない。おいしくない。
お昼のお弁当にしたって当初の予定なら、
『えへへ、お弁当つくってきたんだ。いっしょに食べよ?』
『はい、あーん』
『おいしい? うれしいなぁ』
『……わたしが食べてほしいのは、お弁当だけじゃないんだよ? そおの、わたしも……ってなにいってるんだろわたし!』
みたいなピンクトークしながらいちゃいちゃお昼を食べる予定だったのに。
どこでミスったのかな?
やっぱ最初にミキと仲良くしたのが不味かった?
いやでもミキも私と同じ高等部からの入学生。接点としては申し分ないんだから話かけるでしょ。話かけたら仲良くなるでしょ。ていうかあんな美少女は即ツバつけるに決まってるじゃない。
そんなことをぐちぐち考えながら、ケチャップが染みたコロッケを口に運ぶ。やっぱりおいしくない。
百歩譲ってお弁当を作ってくれる素敵娘がいなくても、かわいい女の子と一緒にご飯を食べるというそれだけのことで、この298円のコンビニ弁当も美味しいランチになっていただろう。
屋上に私以外誰もいない。
当然と言えば当然だ。学校の屋上は普段立ち入り禁止なのだから。
では何故私がここにいるのかと言うと、入学からわずか一週間でミキ様ファンクラブの連中に目をつけられたからだ。女子校では王子様役の子にファンクラブが存在するなんて都市伝説が存在するが、まさかそれを身をもって知るはめになるとは。
その王子様もといミキはと言えば、その日の気分でお弁当だったり購買で買ったパンだったり学食だったりで、常に数人の女の子と一緒にお昼を食べている。
ミキは友人である私に一緒に食べようと言ってくれるが、周りの女の子たちのバロールだって思わず目を逸らす眼光を前に首を縦になんて振れない。
だから私は席を外すのだが、もしどこかでエンカウントするとミキは普通に寄ってくるのだ。
ミキは自分が多くの女の子に好かれていることを知っているが、その“程度”を理解していない。ミキに行為を寄せる女の子たちが、彼女達よりもミキと親しい位置にいる私に良い感情を持っていないことに気づいていないのだ。いや、なんだかんだ優しいあいつのことだ。たぶんそんなことがあり得る可能性にすら至ってない気がする。
とまぁ、なんやかんや私はコソコソと逃げるようにして誰もこない屋上にいるのです。いやぁ、こここがお行儀の良い学校でよかった。立ち入り禁止である屋上にくるのは私みたいな不良だけで、そんな不良は私しかいないのだから。……一人二人はいると思ったのにな。不良娘。
ちなみに鍵はヘアピンでちょちょいとやった。
――そんないつもと変わらないお昼時。
けれど、
「――へ?」
それは、
「ラァッキ~ィ。最初が雑魚とかついてるぜぇ、ゲヒャヒャヒャ!」
なんの前触れもなく、
「っ、こぷ」
砕かれた。
何が起こったのかわからない。
気がつくと私は生温いコンクリートに倒れていた。
先ほどまで食べていたはずのもの味の残滓は既に口の中には無く、代わりにぬめっとした鉄の味がした。
「んっん~? ファァック! なんだよオイ、ニュービーかぁ? ポイントゲットできてねーじゃんよぉ」
目の前からは男の声。ありえない。ここは女の園、女子校だぞ。
視線をあげると、そこには声の通りに男がいた。棒みたいなのがくっついたような変な髪形。なんだっけ、ドレッドヘア?
そいつは赤いTシャツにダメージジーンズという出で立ちで、手にはRPGなんかで見るような西洋剣を持っていた。
ありえない。女子校という聖域にこんな下卑た男がいることも。
ありえない。剣なんて、今時そんなアナログな凶器を持っていることも。
ありえない。その刀身が赤く濡れているのも。
お腹が熱い。痛いのではなくすごく熱い。たぶんアイツにアレで刺されたのだろう。最悪。さされるなら女の子が良かった。ヤンデレ娘との修羅場とかも経験したかったし。もっと言うとウィンウィン動く例のアレを私が女の子に挿したかった。
あれ? 意外とよゆうだな私。
そんなわけはない。十中八九刺されたのだ、あの剣で。だからこれは現実逃避だ。
何事か喚いている男の声が聞き取れないほど遠くなっていて、こんな状況でいつの間にか取り出したケータイの画面を見ているなんて。
これが錯乱した現実逃避でないなら、一体なんだってのさ。
『ENCOUNT!! まずはプレイヤーネームを登録しよう!』
名前? 私の名前は……
『プレイヤーネーム 楠 苗。登録しました! さぁ、君に“力”を授けよう! ガチャガチャを回してね!』
こんなアプリ入れてたっけ?
画面に映ったどこかのソシャゲみたいなガチャガチャのイラスト。点滅している<OK>をクリックする。
Flashが起動し、ガチャガチャの筐体の中で赤、緑、青その他たくさんのカプセルがかき混ぜられていく。
筐体から白いカプセルが出てきた。
画面が変わる。
『【最も偉大なる騎士】【円卓の一人】【穢れ無き騎士】』
画面の中で文字が踊る。
『おめでとう! これが君の“力”ガラハッドの欠片だ!』
『さぁ、GAME STARTだ!』
瞬間。
ケータイの画面が目を焼くのではないかと言うほどに激しく白光した。
「ようやく、チュートリアル終了かよニュービー。だがまぁ残念だったな。初プレイでゲームオーバーだよ、テメェはなぁ!」
耳障りな男の声。
その声に込められた殺気に気づくよりも速く、私の身体は勝手に起き上がり後ろへ一歩引いた。
「お? 避けるかよ。いいぜぇ、その方がオモシレェ」
男が半身で剣を構える。
知らず、私は姿勢を落とし腰の前で両手を握っていた。
どこから、いつのまに、どうやって。
その手にはまるで十字架を逆さまにしたかのような白銀色の西洋剣が握られている。
「ッシャァ!」
気合一閃。まるで光が走ったかのような鋭い斬りこみを、しかし私は男の剣に自分の剣を添えるように当てただけでかわし、返す刀で男へと斬り返す。だが男の反応は早い。完全に攻撃後の隙を突いていたにも関わらず、ブリッジするかのように身を反らすだけで私の攻撃を避ける。男はその体勢のまま、バク転するかのような身軽さで振り下ろした剣を振り上げてきた。半歩引いてその一撃を交わす。
男と私の間に少しだけ距離が空いた。
なんだろうか、これは。
わからない。自分の身体なのに、まるで私が動かしているんじゃないみたいに身体が勝手にどんどんと動く。動体視力だって並程度のはずなのに、男の一挙手一投足がしっかりと見える。それが、私の身体の動きが、男の動きが、どういうことをするための動きなのかがちゃんと理解できている。
「おいおいおい、マジかよ何で着いてこれてんだよファック! こちとら円卓最高の技術駆使してんだぞコラ! ニュービー如きが接戦とかどういう――!?」
苛立たしげに怒鳴っていた男がふいに黙ると、やおらケータイをジーンズのポケットから取り出した。その動きに隙がなく、私は剣を構えていぶかしむ。
「……っ、ひゃはっ! マジかよそうかよツいてるぜ俺はよぉ! ニューステージ最初の獲物が偶然にもニュービーで! 偶然にも俺と同じ欠片とはなぁ!」
スマホだろうか? 画面に目を落としていた男は、先ほどの苛立たしげな様子はどこへやら。上機嫌に笑い出した。
ニューステージ?
同じピース?
なんのことだろうか?
「ハッ! わかってねぇ顔だな。だが教えてやんねぇ。わからねぇままに死んどけ」
言うや否や。
「っ!」
男の猛攻が始まった。
縦に。横に。斜めに。
上から。下から。右から。左から。正面から。
斬りつけ横薙ぎ突いてくる。
そのどれもが音を置き去りにするほど疾く。
そのどれもが瞬きの間に死を幻視するほどに正確で。
そのどれもがまるで今までのは遊びだったかのように凄まじい。
けれど。
見える、いや視える。解かる。動く。
互いの息が届くほどの近距離で、互いの息が聞こえるわけが無いほどにカン高く金属の弾ける音がする。
一合。十合。百、二百、三百――
剣と剣が衝突し、出会いと別れのたびに火花を散らす。
白熱。激戦。そんな単語では足りない戦いの最中にあって。
だけど私はどんどんと自分の意識が遠のくを自覚していく。
まるで後ろから自分を見ているような。
したことはないけれど、幽体離脱とはたぶんこんな感じの。
いうなれば、眠りの前の微睡みのような……
次でプロローグ終わります。たぶん。