21.先にたたないもの
娘―――モコは、毎朝目覚める度に、大きくなっていった。
戸籍上、ちゃんとつけた名前はあるのだが、この胎名で過ごした期間が長かったせいか、ついこちらの名前で呼んでしまうのだ。なので、こちらで通させて頂こうと思う。
朝九時から夕方六時までフルタイムで働き、夜は家事の手伝いと子供の世話をし、季節は慌しくあっという間に過ぎていった。
正直、その間の事は、毎日を生きる事で精一杯で、あまりよく覚えていない。
覚えている事といえば、初めてつかまり立ちをした日の事と、可愛い前歯が生えた時の事くらいしかない。
初めて喋った言葉さえ、日々に忙殺されて覚えていない有様だ。
出来ることなら、モコの、全ての初めてを覚えていたかった。
もう少し、心と体にゆとりがあったら、周りを見渡す余裕があったなら…今になって、そう思う。
実家にいつまでも居候しているわけにも行かず、モコが一歳を迎えた頃に、近所のアパートへと引っ越した。
五階建ての古いアパートだったが、私達にとっては、十分なお城だった。
ただ、エレベーターが無かったため、暫くはモコを抱きかかえて上がらなければならず、図らずも筋力を鍛えることになった。
引越しと同時期の四月に、保育園に通いだした。
ずっと側にいたい本音と、働かなくては食べていけない現実に板ばさみになりながらも、私は私の出来る事をするしかなかった。
そんな時だった。
五月の給料日、会社帰りに寄った銀行で通帳記入した私は、目を疑った。
給料が振り込まれていなかったのだ。
しかも、社員には何の事前連絡もなしに。
会社の経理課に所属していた私は、会社がどういう状態にあるか、正確に把握していた。
仕入先からの請求を五ヶ月以上放置し、支払いの催促の電話が来ると、担当者不在を口実に引き伸ばし、挙句の果てに六ヶ月期日の手形で払う。
そして、余りの社内の規律と待遇の悪さで、約百人の社員の約半数が、一年で入れ替えになる…。
私が勤めていたのは、そういう会社だった。
遂にここまで来たか…。
通帳を見たときの、それが私の正直な感想だった。
結局、給料は十日後に無事に振込まれたが、一度芽生えた会社への不信感は、消える事はなかった。
それからは、即断だった。
私にとっては、仕事はとてもやりやすい会社だった。
けれど、これからの生活を考えると、こんな不安定な会社でとても勤め続ける気にはなれなかった。
私は、長年勤めた会社を退職する事を決意した。
次がすぐに決まるわけもない事は、わかっていた。けれどもこの後、現実は私の想像を遥かに超えて、突きつけられる事になる。