1.始まりの日
この物語は、都会の片隅でひっそりと暮らす、母一人子一人(+猫一匹)の、涙とお笑いに満ちた、一記録…かもしれない。
平成10年5月某日
すっきりと晴れ渡った初夏の青空をよそに、私の気分はどんよりと曇り空に覆われていた。
生理が来ない。
予定日を一週間も過ぎても、二週間過ぎても、来ない。
今までこんなに遅れた事はなかったのに…。
まさか…。
明日、検査薬を買って来よう。そうすれば、きっとはっきりとするはず。
胸中に湧き上がる不安を、私は抑えることが出来なかった…。
目の前にある、一本の赤い線。
検査薬の反応は…予想通り陽性だった。
すぐに、当時付き合っていた彼に言った。
私が何度避妊をお願いしても、聞いてくれなかった彼。
それを許容していた私にも、勿論非があったのだけれど、その事について、彼は何も触れなかった。
そう、何も…。
ただ、困ったような顔をして、黙って私を見つめていただけだった。
その時、なんとなく予感していたのかもしれない。
この人とは、いずれ別れる事になる事を。
私は社会人で、彼は、私より年下で、まだ学生だった。
彼は両親との関係が上手くいっておらず、よく一人暮らしの私のところに転がり込んでいた。
彼のご両親からしてみたら、私は息子を誑かした女という位置付けだったようだ。
何日も、何日も悩んで、悩み抜いて、出した結論。
選択肢によっては、これから先の私の人生は、苦労の連続だろうというのは、目に見えていた。
それでも、何かに導かれるように、私の中にやってきた小さな命を消す選択は、私にはどうしても出来なかった。
今から思うと、それは神様から与えられた、人生の分岐点だったのかもしれない…。




