「米がなければステーキを食べればいいだろう!」と言った政治家のせいで、国が筋肉に支配されました ~そして始まる正拳交代~
「米がなければ、ステーキを食べればいいだろう!」
国会中継で、直森彰隆議員がそう言い放った日。
全国の茶の間から、箸が止まった。
その年、米は高かった。
高い、というより、日々の食卓から少しずつ遠ざかっていた。スーパーの棚には張り紙が増え、弁当屋の大盛無料は消え、定食屋のご飯おかわり自由は、いつの間にか「一杯まで」に変わっていた。
そんな時期に、直森は言った。
「米がなければ、ステーキを食べればいいだろう!」
その発言は、瞬く間に拡散された。
翌朝には切り抜き動画が並び、昼にはニュース番組が特集を組み、夜には直森の顔写真に巨大なステーキを合成した画像が、ネット中を駆け回っていた。
誰もが思った。
ああ、この男の政治生命は終わった、と。
だが、直森彰隆は終わらなかった。
むしろ、始めた。
謝罪会見の場で、直森は深々と頭を下げる代わりに、分厚い資料を机に置いた。
「私は、自らの発言に責任を取ります」
記者たちは一斉に身構えた。
「よって、国家高蛋白法案を提出します」
誰かのペンが落ちた。
法案の中身は、米の価格を下げるものではなかった。
食肉産業への大規模補助。
畜産技術への研究投資。
学校給食の高蛋白化。
公共食堂への肉類支援。
国民一人あたりの蛋白質摂取量を、国家目標として設定する。
要するに。
米がないなら、肉を食わせる。
誰もが冗談だと思った。
けれど、冗談にしては予算がついた。
冗談にしては省庁が動いた。
冗談にしては畜産団体が拍手した。
冗談にしては、法案は通った。
こうして我が国は、主食を米とする国から、肉を食べる国へと傾いていった。
五年後。
朝の通勤電車では、あちこちからシェイカーの音が聞こえる。
しゃかしゃかしゃかしゃか。
右からも。
左からも。
斜め前からも。
吊り革につかまる会社員が、片手で器用にプロテインを振っている。学生は参考書を読みながらサラダチキンをかじり、年配の女性は膝に置いたエコバッグから、低温調理済みの鶏むね肉を取り出していた。
車内広告には、白い茶碗ではなく、赤身肉が乗っている。
『朝からステーキ。今日も勝てる体へ』
『家族でたんぱく。国産鶏むね肉支援価格』
『小学一年生から始める、正しいスクワット』
駅前の牛丼屋は、高蛋白定食スタンドになった。
並盛、大盛、特盛は消えた。
今は、胸肉、赤身、増量である。
米は、ある。
別に消えたわけではない。
ただ、かつてのように食卓の中心にはいなくなった。
米が少なければ、ゆで卵を食べる。
昼に腹が減れば、鶏むね肉を噛む。
夜はステーキを焼く。
そして寝る前に、なぜか腕立て伏せをする。
最初は、一部の筋トレ好きだけが喜んでいた。
「神政策だ」
「ついに時代が俺たちに追いついた」
「鶏むね肉が国策になる日が来るとは」
彼らは笑っていた。
だが、肉は安かった。
肉は腹にたまった。
肉を食べた者は、少し元気になった。
少し元気になった者は、階段を使うようになった。
階段を使った者は、太ももに違和感を覚えた。
その違和感に名前をつけた者がいた。
成長痛ではない。
筋肉痛である。
人々は気づいた。
筋肉痛は、裏切らない。
職場の昼休みには、昼寝ではなくプランクが流行った。
学校では、給食の献立表に「本日の推定たんぱく質量」が書かれるようになった。
役所の窓口には、椅子の代わりにバランスボールが置かれた。
国会でも、変化は起きていた。
「その財源案には無理があるのでは?」
「では、まず握力を見せていただきたい」
「なぜですか」
「握力の弱い者の財源論は信用できません」
野党議員は反論しようとした。
だが、隣席の議員が握力計を差し出した。
委員長も止めなかった。
止めるどころか、自分の前にも握力計を置いていた。
直森彰隆は、その光景を本会議場の端から見ていた。
何かがおかしい。
そう思った。
けれど、何がおかしいのかは分からなかった。
法案は成功していた。
畜産業は回復した。
医療費の一部は下がった。
国民の平均筋肉量は上がった。
たしかに、数字は良かった。
ただ、数字以上に国民の肩幅が広くなっていた。
街を歩く人々の背筋が伸びた。
電車でぶつかっても、以前ほどよろけない。
スーパーの特売肉売り場では、老人たちが鮮やかなフットワークで商品を取る。
米不足に怒っていた国民は、いつしか別の怒り方を覚えた。
声を荒げるのではない。
まず深く息を吸う。
背筋を伸ばす。
拳を握る。
そして、正しいフォームで突く。
政治は、変わっていた。
演説の最後には、必ず候補者が腕立て伏せをする。
討論番組では、言い負けた者がスクワットを課される。
政策チラシには、経歴、所属政党、主な実績に加えて、ベンチプレスの自己記録が載る。
国民はそれを普通に読んでいた。
「この候補、減税はいいけどデッドリフトが弱いな」
「いや、政策は大腿四頭筋で見るべきだ。スクワット二百なら信用できる」
「前の候補は口だけだった。腹筋が割れていなかった」
筋肉は、健康法ではなくなった。
筋肉は、生活になった。
筋肉は、信頼になった。
筋肉は、思想になった。
そして脳は、筋肉に侵食される。
直森は焦っていた。
自分が始めた政策なのに、自分だけが取り残されていた。
五年前、彼はただ失言をごまかしたかった。
米不足への怒りを、肉へ向けさせたかった。
国民にステーキを食わせれば、少しは黙ると思っていた。
それだけだった。
だが、肉を食べた国民は黙らなかった。
強くなった。
肉を食べ、鍛え、背筋を伸ばし、政治家の腹を見るようになった。
直森の腹は、出ていた。
少しだけ。
本当に少しだけだ。
だが、今の国では、その少しが致命傷だった。
「直森先生、支持率が落ちています」
秘書が言った。
「なぜだ。高蛋白政策は成功しているだろう」
「成功しています」
「なら、なぜだ」
「先生のフォームが悪いと」
「フォーム?」
「先日の街頭腕立て伏せです。肘が外に開いていました」
直森は机を叩いた。
「政治家に必要なのは政策だろう!」
「いいえ、今はフォームとカットです」
「おかしいだろう!」
秘書は目を逸らした。
その秘書も、以前より胸板が厚くなっていた。
直森は立ち上がる。
廊下へ出ると、若手議員たちが並んでランジをしていた。
右足を前へ。
左足を前へ。
誰も談笑していない。
静かに、深く沈み込む。
その姿は、何かの儀式のようだった。
「君たち、国会で何をしている!」
若手議員の一人が振り返った。
「下半身を鍛えています」
「見れば分かる!」
「国を支えるには、足腰が必要ですので」
周囲がうなずいた。
直森は何も言えなかった。
言葉が通じない。
いや、通じている。
通じた上で、筋肉に変換されている。
選挙の日。
直森の対立候補は、元ジムトレーナーだった。
政策は短かった。
『食べる。鍛える。支える。』
演説も短かった。
「この国に必要なのは、言い訳ではありません」
候補者は上着を脱いだ。
会場がざわつく。
「継続です」
その場で腕立て伏せを始めた。
一回。
二回。
三回。
聴衆も、なぜか一緒に始めた。
百人。
二百人。
三百人。
駅前広場が、腕立て伏せで埋まっていく。
直森はその映像を見て、頭を抱えた。
「政策を語れ!」
画面の中で、候補者は腕立て伏せを続けながら言った。
「政策は、続けられる体で語るものです」
拍手が起きた。
いや、拍手ではない。
大胸筋を叩く音だった。
どん。
どん。
どん。
それは、太鼓のように広がった。
選挙結果は、開票開始から十分で決まった。
直森彰隆、落選。
元ジムトレーナーの候補者、圧勝。
街頭インタビューで、有権者は言った。
「直森さんは、最初の一言だけは良かった」
「ステーキ政策には感謝しています」
「でも本人が鍛えていないのは、ちょっと」
「発言に筋肉がついていなかった」
直森は、テレビの前で震えていた。
「私は、そんな意味で言ったのではない」
誰も聞いていなかった。
政権は変わった。
正式には、政権交代である。
だが、国民はそう呼ばなかった。
正拳交代。
国会前の広場では、新しい首相が正拳突きを披露した。
一突きごとに、空気が鳴る。
「一!」
国民も突く。
「二!」
官僚も突く。
「三!」
記者も突く。
直森は、群衆の端でその光景を見ていた。
かつて自分が言った言葉が、巨大な拳になって自分へ返ってきたようだった。
「米がなければ、ステーキを食べればいいだろう」
その一言は、後に教科書へ載った。
旧時代の失言としてではない。
高蛋白国家成立の号砲として。
直森彰隆の名前も、歴史に残った。
本人は、それを喜ばなかった。
ただ、晩年までこう言い続けたという。
「私は、そんな意味で言ったのではない」
だが、その声はいつも、朝の号令にかき消された。
「構え!」
正拳。
「突け!」
交代。
こうしてこの国は、筋肉に支配された。
怖いですね。コメ不足。
こんな未来にならない様に祈りましょう。




