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ドラグーン

チュンチュン……


 ルードブルクに、また新たな朝がやってきた。


 『大都市ルードブルク』大陸随一の繁栄を誇るこの国家の最大の特徴は、その『多様性』にある。


 朝日に照らされた街並みを一目見ただけでも、石造り、木製、高床式、和風、洋風と、多種多様な建築物が目に写りこんでくる。


 発展の仕方も様々であった。ドワーフ達による鉱業。エルフ達による農業。オーク達による軍業。そして、人間達による魔法業。


 この大陸どころか、世界的に見ても、ここまで多様な都市は他に無いだろう。


 それもこれも、現王である『ダグラス・ルードブルク』が、国境の検閲を撤廃した事が大きいだろう。


 どのような種族、経歴の持ち主であれ、『来るもの拒まず』それがこの都市、ルードブルクである。


 ……最も、光が強くなれば、闇も濃くなるというものだ。検閲を撤廃してからというもの、著しくではあるが、犯罪率は上昇していった。


 噂では、街のどこかに盗賊達のギルドがあるという話もある。多種多様というのは反面、悪も受け入れてしまうという事だろう。


 そして当然だが、盗賊のギルドがあるというならば、冒険者のギルドも存在する。


「あのぉ……いかがでしょうか?」

「……ふむ。そうですね……」


 とある冒険者ギルドの一室で、口ひげを携えたやせぎすの商人の男が、都市で流行りの服を着た、黒髪の女性と、なにやら小難しい商談を行っていた。


 女性は見た目こそ麗しい令嬢のようではあったが、そのたたずまいは正に実質剛健。まるで氷のようであった。

 

 ただの世間知らずな、美しいだけの女では無いことが、ひしひしと感じ受けられるその女性は、やがてふぅと息を吐くと、手に持っていた契約書を、商人の目の前の机に叩き付けた。


「私達『ドラグーン』の取り分。配送ルートに、要求されている人員。ここまでは良いでしょう。ですが……」

カチャ……


 女性は机の上に置かれていたコーヒーを手に取り、一口だけ口を付けると、そのまま落ち着いた口調で、話を続けた。


「どうにもこの契約書、不審な点が多いですね」

「……と、言いますと?」

「まず、郵送物の内容が『穀物類』と不鮮明な点が気になります。もちろん、こういった記載自体はよくありますが……それにしては、量が重すぎます。畑まるごとの麦でも運ぶのですか?」

「そ、そうなんですよ!だからこんなに重く……」

「なぜそのような大荷物を、運送業者ではなく、冒険者ギルドの雑用依頼に出されたのですか?」

「そ、それはその……」


 女性は口調こそ穏やかではあったが、明確に、それでいて鋭く、商人の男に詰め居るような言葉を投げ掛けていった。


「ふむ。当てましょうか?このルードブルクでは、運送業者に仕事を依頼すると、荷物に国の検閲が入ります。しかしギルドに依頼すると、運送荷物の検閲は、ギルドの責任と言うことで、国からの検閲が行われません。つまり……『違法な物』を運ぶならば、ギルドに依頼するべき、という事です」

「えっと……その……!」


 男の体が震えだし、冷や汗をかきはじめていた。おそらく、彼女の話が概ね当たっているのだろう。


 国王の意向で、民の自由性を尊重する、というのもあってか、ギルドでの雑用依頼というのは、存外に法の制定があいまいであった。


 そもそも、依頼によっては殺しや、未開の地への探索へとも赴く冒険者ギルド自体が、法的にグレーゾーンなのである。こういった所謂『怪しい』仕事も、決して少なくはないのだ。


「これは小耳に挟んだ話なのですが……最近近くの孤児院が資金難で閉鎖になり、孤児院に引き取られていた子供たちが、行方不明になったとか……」

「!?」

「郵便物の重さは300キロ……居なくなった子供たちは10人程……ちょうど、『子供10人分』くらいの重さですね」

「く……くぅぅ……!」

「シラットさん!」

「は、はぃぃ!?」


 女性は椅子から立ち上がり、シラットと呼ばれた男の方へと身を寄せると、そのまままくし立てる様に話を続けた。


「子供たちの『国外逃亡』ぜひ手伝わせていただきます」

「ひぃぃ!?すいませんすいませ……え?」

「?なにを驚かれているのですか?依頼はしっかりと、受けさせていただきますよ。シラットさん」


 女性は再び椅子に座ると、長引く商談ですっかり冷めてしまったコーヒーの残りを、一息に飲み干した。


「ふぅ……今回の商談に入る前に、シラットさんの経歴を調べさせてもらいました」

「い、いつの間にそんな……」

「ドラグーンには優秀な諜報員が居るんですよ。それでシラットさん。あなた……」

「ごくり……!」

「あまりにも人が良すぎはしませんか……?」


 女性ははぁと溜め息を付くと、目の前のシラットに、哀れみのような、慈悲のような目を向けた。


「国外の貧しい農村で事業を始め、故郷の村を発展させ、ルードブルクでは産地直送の新鮮な野菜を、赤字覚悟で貧しい家庭に売りさばき……挙げ句の果てに、趣味は募金ですか……聖母かなにかですか、あなたは」

「いやぁその……お、お恥ずかしい……」

「私は聖職者ではありませんが、あなたに対して、若干の信仰心すら芽生えそうですよ……」


 シラットのあまりにも光が強すぎる経歴書を目の当たりにして、女性はほんの少しだけ、目頭が熱くなった。


「これであなたが、人の心が無いような小悪党なら、今回の依頼は違法なものとして、騎士団に通報でもしようかと思いましたが……あなたのこの光輝く経歴を見るに、それは無い」


 すっかりとコーヒーが無くなってしまったカップを、名残惜しそうに眺めながら、女性は話を続けた。


「……この国では、身寄りの無い子供たちは路上で飢えるか、奴隷になるしかありません。運良くどこかで雇って貰える事もあるかもしれませんが、それはかなり確率の低い、夢物語です」

「……はい、そうです……ですから私は……」

「罪を犯してでも、子供たちを守りたい……と?」


 カップから目を外し、女性は改めて、シラットの目を覗き込んだ。子供たちを守ることに対して迷いを感じさせない、とても真っ直ぐな目であった。


「わ、私はどうなろうと構いません!せめて……せめて子供たちだけでも……!」

「……ふふ。えぇもちろんです。子供たちは助けますし、あなたも通報なんかしませんよ」

「あ、ありがとう……ありがとうございます……!」


 商談が始まってから、初めて見せた女性の笑顔にホッとしたのか、シラットは目に涙を滲ませながら、女性に深々と頭を下げた。


「ところで、一つだけ疑問なのですが」

「?はい、なんでしょうか?」

「どうしてわざわざ、ドラグーンに依頼を?自分達で言うのもなんですが……私達は中堅もいいところです。もっと良いギルドに頼めば良いものを……なぜ私達に?」


 冒険者ギルド『ドラグーン』ルードブルクの中心街に拠点を構える、古い歴史のある老舗のギルドではあるが、規模で言えば、そこまで大きいギルドでもない。


 むしろルードブルク全体で見れば、ドラグーンは下から数えた方が早い程度の規模である。少し探せば、ドラグーンより実績のあるギルドなんぞ、ごまんとあるのだ。


 その上でなぜ、シラットはわざわざドラグーンに対して、危ない橋を渡ってまで、こんな違法な依頼をしてきたのか?この情報だけは、経歴を調べても判明しなかった。


「……勘です」

「……勘、ですか……?そんな曖昧なもので、こんな犯罪染みた事を……?」

「いえ、その……以前街中でドラグーンの皆様をお見かけした時に……『楽しそうだな』と感じたのです」

「楽しそう……」


 予想外のシラットの返答に、女性は思わず言葉を詰まらせていた。心なしか、言葉から冷たさも抜けているように感じる。


「皆さん笑顔で、楽しそうにお話されていて……きっと、『優しい』ギルドなんだなと、そう思ったのです」

「……ふふ、あはははは!」


 女性は口を手で隠しながら、まるで先ほどまでの氷の様な態度が嘘だったかの様に、大声で笑い声をあげだした。


 こうしてけらけらと笑っている姿を見ると、流行りの服を着こなしている、年相応の少女の様だ。


「ふふ……シラットさん。あなたの見立ては正しいですよ。私達ドラグーンは、素敵なギルドです」

「……はい!どうか、よろしくお願いいたします!」

「かしこまりました。我らドラグーンにお任せください」


~~~


「ふぅ……本日の業務終了っと……」


 シラットとの商談が無事に終わり、午後からの業務も終えて、少女の仕事はようやく終わりを迎えた。


「お疲れ様です『マース』様。夕飯は用意出来ていますよ」


 女性の後ろで業務の終わりを見守っていた、白髪の初老の男性が、女性に夕飯の用意を知らせた。


 髪を後ろにかきあげて、きちっとした服装をしているその老人は、いかにも『執事』もしくは『付き人』といった風貌であった。


「ありがとう『ニル』。今日の献立はなにかしら?」

「……トマトのスープです」

「……トマトは抜いて貰えるのかしら」

「ギルド長が好き嫌いしてはいけません。しっかりと完食なさってください」

「え~……」


 業務を終えて、身内だけになったせいだろうか、マースと呼ばれたドラグーンのギルド長は、シラットとの商談の時とは打って変わって、あどけない少女の振る舞いをしていた。


「全く……『シャーツ』さんを見習ってください。あの方は例え、インスマスのドブ臭い肉であろうと、笑顔で完食いたしますぞ」

「あの人は見習わなくても良いでしょう!あれは例外です!れ!い!が!い!」


 どうやらドラグーンには、よほどの悪食が居るようだ。


 インスマスと言えば、下水や汚染された水域に住み着く魚類に近い魔物として有名で、その肉は『不味い物の代名詞』として有名である。


 それを笑顔で完食となると、もはやその人間の方が魔物である。それくらいに不味いのだ。


「……あれ。そういえばシャーツから任務報告受けていないような……?」

「はて?確か夕刻には帰られていましたが……?」

「あいつ……!また報告サボってるわね!シャーツはどこに居るの!」

「一階で食事中でございます」

ドタドタドタ……


 ニルからの報告を聞くや否や、マースはギルドの一階へと続く階段を、音を立てて下っていった。


「シャーツ!シャーツ・マクスウェル!」

「んー?おぉマース。お疲れ様」


 マースは一階の受け付けに備えつけの、レストランとして利用されているドラグーン直経営のお店『ドラゴンの巣穴』にたどり着くと、その場で食事していたギルドメンバーや一般客をよそに、大声でシャーツを呼びつけた。


「シャーツ!あんたねぇ!」

「なんだ。そんなに俺に会いたかったのか?悪いが、デートの予定なら1ヶ月先までびっしりだ」

「ちっがーう!あんたまた報告書出さなかったでしょう!その日の報告書はその日の内に処理しないと手続きが面倒だって、何度言えば分かるのよ!」

「あー……悪いな。実は枝豆……じゃなくて、ゴブリン達に腕をヤられてな……今日は俺の達筆を見せることが出来ないんだ」

「あんた『不死身』でしょうが!すぐバレる嘘付くんじゃないわよ!」


 シャーツと呼ばれた男は、街外れの洞窟で、ハイゴブリン達の群れを滅ぼした、あの特大長剣使いの男であった。


 男のテーブルには、ゴブリンの耳を換金して手に入れたお金で注文したビールと、つまみの『枝豆』が置かれていた。あれだけの事をしながら、よく枝豆なんて食べれるものである。


 それにしても『不死身』……とはどういう事だろうか?それにこの場の雰囲気……マースの不死身という言葉に対して、まるで誰も、不思議そうな顔をしていないのだ。それがまるで、当たり前の事かのように。


「不死身のナイスガイでも、痛いものは痛いんだよ。ゴクゴク……はぁ、ビールが旨い」

「せめてビール持ち上げられないフリくらいはしなさいよ……普通に両腕使ってるじゃない」

ひょい パク


 つまみの枝豆を口に運びながら、シャーツは淡々と、ビールを胃袋に流し込んでいた。


「はぁぁ……もう良いわ。どうせ今日の業務はもう締めちゃったし……ビスター!私にもビール!」

「あいよ!」


 厨房で忙しそうに料理を捌いていた小太りの金髪の男性に、マースは半場投げ槍気味に、ビールの注文をした。もうどうとでもなれと言った感じである。


「……まさか、あの小さかったマースが、俺と一緒にビールを飲む日が来るとはな」

「あんたそれ毎回言ってるわよ。これだからおじさんは……」

「おいおい。俺はまだ20代だぞ?」

「それは肉体の年齢でしょ?実際は私の父親より年上でしょうに」

ゴトン

「へい、ビールお待ち!それとトマトスープ!残さず食えよ?」

「う……」


 マースのテーブルに、ビスターと呼ばれていた厨房の男が、ビールと真っ赤なトマトスープを置いて去っていった。


 トマトスープには、よく煮込まれてくったくたになった肉と野菜がしっかりと溶け込んでおり、備え付けの固めのパンとの組み合わせも抜群の、絶品の一品である。 


 ……トマトが好きであれば、だが。


「ほらマース。トマトもしっかり食べないと、俺みたいに大きくなれないぞ」

「うるさいわね……あんたくらい大きくはなりたくないわよ」

「出されたものは、例えインスマスだろうと全部食べる。食べきれないなら持ち帰る。俺との約束だろマース」

「ぐぅ……!」

パク


 トマトスープとしばらくにらみあった後、マースはついに意を決して、スプーンを口の中へと放り込んだ。


「うぇぇ……」

「偉いぞマース。お前の勇気ある行動に、亡くなった親父さんもきっと泣いて喜んでるぞ」

「こんなんで泣かないで欲しいわよ……というか泣きたいのは私よ……うぇぇ……」

ゴクゴク……


 口に残ったトマトの味を流し込むように、マースは勢いよくビールのジョッキを傾けた。


「ぷはぁ……うーん。ビールはまだ苦いわね……」


 周りの大人に背並べするように、ビールを飲み始めるようになったマースだが、いまだにビールが美味しいと感じることは無かった。


 もっと成長すれば、もっと大人になれば美味しく感じるのかと、マースはここ最近、大人と少女の間で揺れ動いていた。多感な時期である。


「なーに。たくさん飲めばその内美味しくなるさ。もっと飲め飲め」


 悪い大人である。


「ちっ、この反面大人め……」

グビグビ


 ……やはり苦い。これの何が美味しいのだろうか?マースには点で理解が出来なかったが、それでも飲む。大人に混ざるために。


「なぁマース!シャーツなんか放っておいて、俺らと飲まないか?」

「いいや!マースは私達と飲むのよ!ねぇマース。その服どこで買ったのか教えてよ!」

「マース!」

「ギルド長!」


 シャーツとマースの席の周りが、てんやわんやと騒がしくなりだした。マースはよほどの人気者のようだ。


「ほれほれ。こんなおじさんと飲んでないで、若いやつらの所に行ってこい。俺はここで、美人を探すのに忙しいんだ」

「あーはいはい。そうよね。若い人の話に、おじさんはついていけないものね」

「……ピザの作り方とかなら分かるぞ」

「ピザを若者の食べ物と思っている辺りがおじさんだわ……」


 マースは席を立ち、若者の喧騒の中へと向かっていった。


「あ、そうだ。また『フェンリル騎士団』から呼び出し来てたわよ。明日朝イチで出向くこと、良いわね?報告書も忘れずに!」

「あーはいはい。覚えてたら行くさ」

「か!な!ら!ず!行きなさい!」

「へいへい……まったく。すっかり親父さんに似てきちまって……」


 シャーツはジョッキの最後の一口をゆっくりと飲み干し、楽しそうに仲間と会話しているマースを眺めて、夜の喧騒を楽しんだ。

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