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ちっぽけな国

 大都会から遠く離れた、草木生い茂る辺境の森。


 名前すら付いていない程に、人間の寄り付かないその森の更に深くに、人外どもが住まう洞窟があった。


「……暗いな。それに、酷い匂いだ……」


 その人外達の暗き洞窟の中に、一人の男の姿があった。


 かなりの大男だ。よく練り上げれて絞まっている体も相まってか、その場に立っているだけでも、かなり威圧感を感じる。まるで熊や獅子などの野獣のようだ。


 しかし、どうにも顔立ちは優しい印象を感じる、柔らかな表情をしていた。僅かに無精髭は残っているものの、短く切り揃えられた髪型も相まってか、そこまで不摂生な印象もない。いわゆる『人当たりの良さそうな顔』というやつだ。


ガチャン!

「あークソ!洞窟の中だとやっぱり邪魔だな……!」


 男は人外の巣に入っていくというのに、防具の類いを一切身に付けていない、命知らずも良いところな装いであったが、背中に1本だけ、巨大な長剣を掲げていた。


 190はありそうな大柄な男の背丈と、同等程度の長さを誇るその細身の長剣は、重さだけでも一人の人間を潰すには十分な代物だろう。


 そんな規格外の特大長剣を背負っているにも関わらず、男は汗ひとつかいていない。正に異質……得体の知れない存在である。


「あー……タバコが吸いてぇなぁ……酒も欲しい……」


 危険な場所に足を踏み入れているにも関わらず、男はまるで呑気な口調であった。緊張感というものが無いのだろうか?


「おい!誰だテメェは!!」

「んー?おぅ。居た居た。探したぜ緑の枝豆軍団ども」

「誰が枝豆だ!!俺たちは誇り高きゴブリンだ!」


 洞窟の最奥。突如として人工的な広がりを見せたその空間に、無数の緑色の生き物が群がっていた。『ゴブリン』である。


「あー、そうか。お前ら今はゴブリンって呼ばれてるのか。そりゃ失敬。悪かったな枝豆」

「ぎぎぎ……!バカにしやがって……!何しに来やがった人間!」

「決まってるだろ」


 男は背中の長剣を縛り上げていた、革製のベルトを解除すると、数十キロはありそうなその長剣を、軽々と片手で構えてみせた。


「お前らのちっぽけな国を滅ぼしに来た」

「ぐぅ……!?」


 見上げる程の体躯。異形の長剣。人外染みた男の筋力……小柄なゴブリン達が畏怖するには、十分すぎる材料である。


「どうした?来ないのか?俺はご馳走だろ?それとも、ゴブリンにもテーブルマナーがあるのか?」

「っ!てめぇら!なにボケッとしてやがる!さっさとあいつを殺せぇ!!」

「「ぎぃぃぃ!!」」


 リーダー格のゴブリンの号令に合わせて、数体のゴブリンが男に飛びかかった。


 いかに小柄と言えど相手はゴブリン。手には今まで殺してきた冒険者達の剣や槍が握られており、体には鉄の防具まで装着してある。


 『ゴブリンを侮る無かれ』。喋れるだけの知性があり、人間の道具を扱うことの出来る彼らが、『弱い訳が無い』のだ。


「剣がナイフで、槍がフォークか?ゴブリンのテーブルマナーってのは随分と豪快なんだな」

「死ねぇ!」

「でも悪いな」

ザンッ!

「「ぐぁぁぁぁ!!?」」

「テーブルマナーが必要な高級店には行った事が無くてな。ナイフだけで食わせてもらうぞ」


 男が右腕を軽く振り払ったかと思うと、空中に飛び上がっていた4体のゴブリンの体が、鉄製の防具ごと、全て真っ二つに切り裂かれた。


「さ、どんどんコースメニューを出してくれ。なにせ朝から何も食ってないからな。腹ペコなんだよ」


 ゴブリンの鮮血で染まった地面の上で、緊張感の無い軽口を叩いて笑っている男の姿は、まるで無邪気な子供の様にも、狂った殺人鬼の様にも見えた。


「ちょ、調子に乗りやがって……!次だ次!殺せ殺せぇ!!」

「「がぁぁぁぁ!」」

「おいおい。品揃えの悪い店だな。枝豆しか出てこねぇじゃねぇか」

ザァンッ!ブォン!

「「ぎゃぁぁぁ!!?」」

「せめてビールとかねぇのか?つまみだけ出されてもなぁ」

「ひぃっ!?ば、化け物め……!?」


 涼しい顔をしながらも、目にも止まらぬ超高速の斬撃を放ち続ける男の姿は、ゴブリン達にはまるで、阿修羅や悪鬼の様に見えていた。


ザシュ!

「一筆書きゲームってあるだろ?あれみたいによ、一振りで3体くらい斬れると、なんか気分が良いな」

ブゥン!ザンッ!


 男が剣を振るう度に、ひとつ、ふたつとゴブリンの死体の山が築かれていった。


 やがて洞窟の群れの8割程が居なくなったかと思うと、もう自分から進んで男に向かっていく者は居なくなり、ただ震えて、死を待つだけの、哀れなゴブリンだけが残っていた。


「お、お前ら!?なにしてやがる!さっさと突っ込め!あいつを殺せ!?」

「い、嫌だ!死にたくねぇ!死にたくねぇよ!?」

「クソぉ!使えないゴミどもめ!!」

「なんだ?もう前菜は終わりか?まだまだ食い足りないってのに。まぁいいや。んじゃ次は」


 男はゴブリン達の血で赤く染まった長剣を再び構えると、リーダー格のゴブリンの元へと近づいていった。


「メインディッシュといこうか。腕を振るってくれよ?緑色のコック長」

「ぐぎぎ……クソッ……!?」


 リーダー格のゴブリンは、普通のゴブリンよりも背丈が大きく、筋肉質な個体『ハイゴブリン』であった。


 しかしそんなものは、この悪鬼羅刹のような強さを誇る男の前では、ささいな違いである。


 ハイゴブリンは他のゴブリン達よりも、更に質の良い高級な装備品を身に付けていたが、それだけで到底、この男に敵うとは思えない。


 ハイゴブリンはこちらに向かってくる男に恐怖し、慌てふためき、そして……『焦るフリ』を止めた。


「かかったなバァァァァカ!!」

ガシャァァン!

「うおぉ!?」

ザシュザシュザシュ!


 男の足元の地面が突如として崩れ、地面の中から、無数の槍が飛び出してきた。落とし穴である。


 自分達の住まう巣の中に、こんな危険な罠をしかけて大丈夫なのか?


 先ほども言ったが、『ゴブリンを侮る無かれ』ゴブリン達の体重では作動せず、人間達が踏んだ時のみ作動する落とし穴を作ることなんぞ、ゴブリン達にとっては朝飯前である。


 暗闇で視認が出来なかった事もあってか、男は完璧に落とし穴に引っ掛かった。穴の中の無数の槍が男の全身を貫き、男は全くもって、動かなくなってしまった。


「やった!やったぞ!お前ら人間はいつもこうだ!俺たちをバカにして、舐めくさって、最後は俺たちに知恵で負けるのさ!ざまぁみやがれ!」


 ハイゴブリンは意気揚々と落とし穴に近づくと、男の死体を見て嘲笑ってやろうと、身をかがげて、穴の底を覗き込んだ。


ガシィッ!

「い!?あ!?え!?」

「よぉ、どうしたコック長さんよ。キッチンに幽霊でも出たか?」


 穴の底から、丸太の様な腕が這い上がり、ハイゴブリンの頭をがっちりと掴みこんだ。


 腕の持ち主はもちろん、先ほど穴に落ちた男である。


 槍に貫かれ、確かに体に穴が空いていたはずの男の肉体は、服だけがズタボロに引き裂かれており、どういう訳か、男の体には、傷一つついてはいなかった。


「お、お前!?な、なんで……!?」

「まさか針治療のサービスまでついてくるとはな。おかげで腰痛が収まったよ」

パキパキパキ!

「ぎぎゃぁぁぁぁぁ!!?」


 男が血管を浮かせる程に、ハイゴブリンを掴んでいる腕に力を込めると、ハイゴブリンの頭の中から、頭蓋骨がひび割れていく音が響いてきた。


「この服お気に入りだったんだぞ?店にはクレームを入れさせて貰うからな」

バキバキバキ!

「がぁぁ……ぁがぁぁ……!?」

ブン!


 男はあまりの激痛に意識が朦朧としてきていたハイゴブリンを、そのまま空中に放り投げた。


「じゃあな王様。ちっぽけな国にお別れを言いな」

ザンッ!

「ぐぁぁぁぁぁ!!?」

「クソ不味い料理ごちそうさん。評価は星0だ」


 空中に浮かんだハイゴブリンの体を、男は一息で真っ二つに切り裂いた。ゴブリン達の小さな国は、今日で滅亡である。


「さてと。じゃあ食後のデザートを運んで貰おうか?」

「「ひぃぃぃっ!?」」


 洞窟の隅で固まって震えていた、残党のゴブリン達に、悪鬼羅刹がにじり寄っていく。


「安心しろ。俺はどんだけ不味い料理だろうと、出された食事は残さず食べる事にしてるからな。一人残らず食べ尽くしてやるよ」

ザシュ!ザン!ブン!

「「「ぎゃぁぁぁ!!?」」」


 暗い洞窟の中に、男の剣を振るう風音と、ゴブリン達の悲鳴が、響き渡っていた……


~しばらく後~


「うーん……酒代くらいにはなるか?」


 男は洞窟に居た全てのゴブリンを狩り尽くし、すっかり朝日が昇っていた、洞窟の外へと抜け出していた。


 男の手には、殺したゴブリン達の耳が入った袋が握りしめられていた。これを街に持っていくことで、ゴブリン討伐の証になるのだ。


カラン……

「ん?こいつは……骨か」


 朝日が昇り、洞窟の周りが照らされた事で、地面に捨てられていた、ゴブリン達に貪り殺されたであろう、哀れな冒険者達の白骨死体が露になった。 


ザク……ザク……

「ふぅ。悪いな、地面に穴掘って、埋めるくらいしかしてやれなくて……」


 男は見つけた範囲の骨を全て拾うと、地面に穴を掘り、そこに全ての骨を埋めた。


「来るのが遅くてごめんな……安らかに眠っててくれ」


 男は静かに胸に手を当てて、心半ばで散っていった冒険者達の墓へと、祈りを捧げた。


「さて。さっさと帰るか。なんだか妙に枝豆が食べたくなったしな……」


 男は朝日に目を細めながら、この大陸随一の繁栄を誇る大都市『ルードブルク』への帰路へと、足を進めていった。

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