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そうしてこの地へやってきたのです

 ――呪われた公爵、というのがフェルナン・グリフォンの別名だった。


 彼の話は知っている。幼い頃、いたずらをすると母は決まって悪い子はグリフォン公爵が食べてしまうと言って脅した。幼い子どもをいい子にするためのうってつけの怖い話が彼だった。


 聞いた話はこうだ。

 先々代の王の妾だと噂のあった女の元に生まれた彼は、生まれながらにして母の命を奪い取った。そうして祖父母も、兄弟も、使用人までも、彼の側にいる者は次々に死んでいったという。かつて妻を得ていたが、彼女も不慮の事故で死に、その後に婚約した女性もやはり亡くなった。故に、彼に近づくと死ぬという噂が囁かれた。

 彼は老いた男であり、目も当てられないほど醜いという。

 だから誰も彼の側に寄らないし、恐れられていた。アドリアンナもそうだ。彼の噂を知っていて、恐ろしかった。


(だけど、噂にすぎないでしょう? 少なくともわたしは今のところ、とても健康だわ。呪いの片鱗もない)


 と自分に言い聞かせた。


(不運が重なって、周囲で人が亡くなってしまっただけだったら? それなのに呪いだと言われてしまうなんて、とてもかわいそうだわ。奥さんが欲しいなんて、可愛い願いだもの。すごくいい人かもしれないし、気が合うことだってあるかもしれない。会ったこともない人を怖がるなんて失礼だわ)


 そう言い聞かせると、少しばかり気分は楽になった。


 だが少しばかり楽になった気分は辺境の地に着くなり再び暗くなる。馬車を乗り換え、数週間かけてたどり着いたのは暗い土地だった。手前には沼地が広がり霧が立ち込め、周囲は高い山が覆う。空さえも曇天で、人の気配はおろか動物の気配もしなかった。植物だけは我が物顔ではびこり、膝丈の草が蔓延りより鬱蒼とした空気を形作っていた。


「悪いがここまでだ。城はあっちだから、後は歩いて行ってくれ」


 と御者に言われ、問答無用で馬車から引きずり降ろされたのは、城の随分手前でのことだった。


 ――ちょ、ちょっと待って! 待ってくださいまし!


 などと呼び止める暇もなく、馬車は遠ざかってしまう。


 一人残されたアドリアンナは途方に暮れるも、あっという間に見えなくなる馬車をしばらく見送った後は、鞄一つに収まった財産を持ち上げ歩き出す他なかった。ともかくあの城へとたどり着かなくては。他に行く場所もないのだから。


 公爵がいる城が崖の上に建っているのが見え、そこを目指しながらろくに整備もされていない道をとぼとぼと歩く。

 道には岩や木が落ちていて、随分昔に整備されたきり誰も通っていないのではないかと思われた。


 そうしているうちにも霧はますます濃くなっていく。そんな景色を見ながら、アドリアンナは気がついた。


(この霧、もしかして)


 この辺境の地のことは知っていた。

 世間ではいわゆる禁足地と言われる土地だったが、その理由を知る。同時になぜ御者が逃げ出したのかを悟った。

 黒紫の薄い霧が周囲を包み込み、視界が常に霞んでいた。それはまさしく、毒の空気である瘴気にほかならなかった。思わず目を見張った。


(すごい、こんな土地があったなんて)


 この程度の濃さの霧状の瘴気であれば体調にすぐに影響が出るわけではないが、誰だってよい気分はしないだろう。だから誰もこの地に近づかない。呪われた公爵と呼ばれる男に、これほどお誂え向きな土地はない。


 それにしても彼はこんな土地に長年住んでいて、体に影響はないのだろうかと思った。

 もしかして彼も――? そう期待しかけて否定する。


(居城のある場所に瘴気が届かないだけかもしれないわ)


 だけど、とアドリアンナは思った。

 彼がそうではないとしても、こんな寂しい土地で一人きりでいるなんて。


(酷いことよ。とても可哀想だわ。孤独すぎるもの)


 まだ見ぬ夫にそう同情した。孤独が人の心に及ぼす悪影響をアドリアンナは知っている。自分もそうだから。もしも目標がなければ、とっくに気が触れていたかもしれなかった。


 足が疲れ始めた頃になって、ようやく崖上の城に辿り着くことができた。一世紀以上前に建築されたような古めかしい城だが、灰色の石造りの壁は壊れてはおらず、堅牢で荘厳な印象を受けた。城を囲む城壁の門は不用心にも開かれていて衛兵の姿はない。領主の城にしてはあり得ないほどの静寂の中、アドリアンナは城の戸を叩く。


「あの、もし! どなたかいらっしゃいませんか!」


 錠を揺らして呼びかけるも返事はない。使用人の一人さえ、出てくる気配はなかった。


「あの! アドリアンナ・オルエンヌと申します! フェルナン・グリフォン様に嫁ぎに参りました!」


 嫁ぎに来たなどと、我ながら奇妙な挨拶だと思いながらも扉の向こうにいるはずの使用人に向けてそう叫ぶ。だがやはり反応はない。貴族令嬢のくせにお供を誰も付けていないことを不審に思われているのだろうか。

 仕方がないのだ。厄介者の娘に、父は自らの使用人を一人として付けたがらなかった。


 アドリアンナが深呼吸をし、一層の大声を出そうとした時だ。

 鈍い音を立てて内側へと扉が開いた。


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