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きっと救いも訪れない

 出発は翌日だった。

 婚礼衣装はおろか、ろくな財産も持たずにアドリアンナは旅立つ。嫁入り道具さえないというのだから、父がアドリアンナの夫になる人物に少しの敬意も払っていないことが容易に想像できた。

 鏡で自分の姿を見る。地味な娘だ。背が高く痩せていて、年頃の娘のような肉付きはほとんどない。祖母譲りの黒髪はこの国に元々住んでいた者達のもので、支配者として異国からやってきた貴族に多い金色の髪とは異なっている。


(醜い姿だわ)


 鏡を見る度に情けない思いに駆られるが、今日ばかりは身支度をするために向き合うしか無かった。支度を手伝う使用人など当然いるはずもなく、一人で髪を結い、せめてもの慰めとして自分が持っている中で最も上等な衣服を身に着けた。


 最後に挨拶をしようと朝食の席に向かうと、食堂から父が養母に話す声が漏れ聞こえてきた。


「今日まであの娘を屋敷においてやったのだ。使い所を探していたが、よいところが見つかって良かった」


 間をおかずして、母の忍び笑いが聞こえた。


「あなたも人が悪いですわ。あの娘の体を知っているでしょう? 人に見せられる体でもないのに、呪われ公爵だってきっと逃げ出してしまいますわ。

 わたくし達のことを馬鹿にしている目でいつも見てくる性根の悪い娘です。もっと早くに追い出してくださればよかったのに。ですがこれでこの屋敷も明るくなりますわね」


 すかさず父の声がした。


「あれに似て、陰気で愛想もない邪魔な娘だった。ジュリエッタとは似ても似つかない。公爵の呪いで死ぬのなら、体よく厄介払いができるというものだ」


 父がアドリアンナの母を嘲笑する。

 

 涙が一筋流れたが、それを拭う気力もない。


 やはりそうかという奇妙な納得と、家族がどこかで自分を愛してくれているのではないかというかすかな希望が砕けるのを感じながら、扉を開けることなく、アドリアンナはその場を去った。

 自分が誰にも愛されていないことくらい分かりきっていたことなのに、死んでもよい存在だったと改めて突きつけられた事実に今更心が傷ついた。


 なぜ聖女様はわたしを指名したのだろう――。そう思いかけて、首を横に振る。


(聖女様を恨むことなんてできないわ。きっと他に、ちょうどよい娘がいなかったのよ)


 聖女オフィーリアは、幼少の頃に大聖堂に入ってから一日も欠かすことなく神に祈りを捧げその祈りによって国に蔓延る瘴気を抑えている。

 瘴気が出た土地は呪われ腐敗し、作物も育たない。濃い霧を浴びてしまった人は一部の例外を除いて死ぬしかないのだ。

 だがそんな瘴気も、聖女の祈りによってかき消される。悍ましい瘴気の対処を彼女一人で行っているのだから、湧くのは尊敬ばかりだ。


 だから自分が呪われた公爵に差し出されるくらい、なんともないと思わなくては。

 それでも馬車に乗った時、抗いきれずに涙が流れ、心細さに身体が震えた。


(神様、お父様、お母様――……。今日だけは、自分のためにお祈りをさせてください)


 お守りとして持ってきた短剣を握りしめながら、アドリアンナは必死に祈り続けた。それ以外、自分の心を守るすべを持っていなかった。


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