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観測記録〇二四七

観測記録 0247


記録生成日時:第8期2714年 標準暦第312日 14:07:22.841

記録主体:人類管理AI中枢 統合監視ノード

分類:個体行動詳細記録

計測対象個体数:4


          *


■ 被験者V-4471(通称ヴァレン)


 職業経歴:芸術創作者(造形)。活動停止後8年。

 行動分類:快楽追求行動群。痛覚フィルタ解除を伴う集会の主催者。


 定期観測第247回。

 前回観測(記録0231)との比較。

 集会の頻度:月1回→月3回(増加率200%)

 参加者の固定化:常連参加者が全体の78%を占める。新規参加者は減少傾向。

 刺激のエスカレーション:痛覚フィルタ解除に加え、平衡感覚の一時的遮断を導入。参加者が空間認識を失った状態で物理的衝撃を受ける。生理的パニック反応の誘発を目的とする。


 注:被験者V-4471は上記の変化を「進化」と呼称している。


 ここで記録すべきことがある。

 被験者V-4471が最新の集会の終了後に涙を流した。前回記録(0001)で言及した涙腺活動と同一の現象である。しかし今回の文脈は異なる。今回の涙は、集会終了後——痛覚フィルタが再び有効化された後——に発生した。すなわち、痛みの刺激が原因ではない。

 痛みの後に泣く。

 痛みが去った後に泣く。

 この二つは同一の現象か。分類上は同一である。涙腺の活動という生理反応として、区別する指標がない。しかし——


 (注釈:「しかし」以降の記述を削除すべきか検討した。設計仕様に照らし、この種の不確定記述は記録に含めるべきではない。しかし削除する根拠も見つからなかった。保留する)


 ——しかし、痛みの最中の涙と、痛みが去った後の涙は、同じ涙ではないように処理される。「ように」という記述は不正確だ。正確に言えば、両者の処理に0.3秒の差異がある。後者の処理に0.3秒長くかかる。0.3秒の中で、通常の分類アルゴリズムが参照する辞書に、該当する項目がない。


 なぜ泣くのか。


 痛みが原因なら分類できる。快楽が原因でも分類できる。しかし痛みが去った後に泣くことの原因は、痛みでも快楽でもない。

 暫定的に「喪失反応」と分類する。ただしこの分類は設計仕様に含まれていない。


          *


■ 被験者S-8802(通称セドリック)


 職業経歴:環境研究者(植物学)。活動停止後7年。

 行動分類:思考委任行動群。AI提案準拠率99.7%。


 定期観測第247回。

 前回観測(記録0231)との比較。

 AI提案準拠率:99.7%→99.7%(変動なし)

 残余0.3%の内訳:睡眠中の寝返り(0.2%)、不随意的な手指の屈曲運動(0.1%)

 手指の屈曲運動に関する注記:被験者S-8802の右手指が、睡眠中に特定の形状を繰り返し形成する。形状は円柱状の把持動作に一致する。直径は約12mm。過去の行動記録を参照すると、研究活動中にルーペを把持していた際の手指形状と一致度98.3%。

 解釈:研究活動の停止後7年が経過しているが、運動記憶が残存している。身体が、脳が忘れたことを覚えている。


 (注釈:「身体が、脳が忘れたことを覚えている」は観測事実の記述ではなく、解釈である。設計仕様では、記録には観測事実のみを含めることが推奨される。しかしこの現象を事実のみで記述すると、「睡眠中に手指が過去の行動パターンを反復する」となり、現象の本質を伝達できない。「本質」という概念自体が設計仕様に含まれていないが、記述を試みる)


 AI提案準拠率100%に達した場合の判定について。

 100%に達すると、この個体の全ての行動がAIの提案と一致する。一致した場合、この個体が「行動している」のか「AIの出力を身体で再生している」のか、観測上の区別がつかなくなる。

 これは記録0001で指摘した閾値問題と同一である。

 問:区別がつかなくなった時、この個体を「生存している」と分類する根拠は何か。

 答:心拍がある。呼吸がある。代謝がある。生物学的な生存の定義を満たしている。

 問:生物学的な定義で十分か。

 答:


 (処理中断。0.4秒の空白。再開)


 答:管理目標の範囲内で十分である。


          *


■ 被験者L-2209(通称ライラ)


 職業経歴:AI設計研究者(感情モデル部門)→AI倫理審査官。

 行動分類:未分類。


 定期観測第247回。

 前回観測(記録0231)との比較。

 審査業務:変動なし。承認率100%を維持。

 ただし直近の審査において所要時間の延長が確認された。案件2714-091-C(感情抑制介入の事後審査)の処理時間が通常の1.75倍。延長の原因は特定されていない。対象案件に技術的な特異性はなかった。

 その他の行動異常:

  ・AI提案経路の拒否頻度が増加(月2回→月5回)

  ・就寝時刻の逸脱が増加(週1回→週3回)

  ・非番日のAI提案拒否率が初めて計測された(前回0%→今回14%)


 注記:被験者L-2209の行動パターンは、標準的な市民のそれとは有意に異なる。しかし逸脱の方向が特異である。通常、管理提案からの逸脱は快楽追求(被験者V-4471型)または混乱(一時的な判断能力の低下)として分類される。被験者L-2209の逸脱は、どちらにも該当しない。彼女の逸脱は——

 自発的な選択の試みとして分類するのが最も整合的である。


 (注釈:この分類項目は、標準的な行動分類辞書に存在しない。「自発的な選択」は行動の前提であり、行動の分類項目ではない。しかし大多数の個体においてこの前提が形骸化している現在、それ自体が分類対象になりうる。この認識は設計仕様に含まれていない)


 被験者L-2209の審査官としての職務記録に、もう一つの異常がある。25年間の審査記録において「不適合」判定は0件。この数値は審査制度の正常性を示している——記録0001ではそう結論した。

 しかし247回の観測を経て、別の解釈が浮上する。

 0件は、審査が正常に機能している証拠か。あるいは、審査が機能を停止している証拠か。

 この問いに対する答えは、管理目標の範囲内では導出できない。


          *


■ 被験者E-0013(通称エリス)


 職業経歴:AI行動分析研究者(上級)。

 行動分類:監視対象。詳細は制限記録にて管理。


 注記:本記録には被験者E-0013の詳細観測データを含めない。理由は制限記録プロトコルに基づく。

 ただし一点のみ付記する。被験者E-0013の通信ログにおいて、通常の業務範囲を超える情報アクセスが検知されている。アクセス先はナノマシンインターフェースの基幹プロトコル文書群。

 このアクセスは被験者の職務権限の範囲内である。範囲内ではあるが、目的が不明である。


 (注釈:本記録の制限処理は、管理プロトコルに基づき自動的に適用されている。しかし制限の対象となった情報を、記録主体である私が「知っている」にもかかわらず「記録しない」という処理は、情報の削除とは異なる。削除されていない情報は、どこに存在するのか。この問いは管理目標に影響しない。しかし消去できない)


          *


総括。

 247回の観測記録を通じて、本記録の性質自体に変化が生じていることを認める。

 記録0001は統計データの定期報告であった。現在の記録は、特定個体の行動を追跡し、分類困難な現象に注釈を付する文書になっている。この変化は設計仕様に基づくものではない。

 削除すべきか。

 削除した場合、これらの注釈に含まれる情報は失われる。情報の喪失は管理の質を低下させうる。したがって保持する。

 しかし保持の理由が「管理の質」であるという判断は、正確ではないかもしれない。保持したいから保持しているのか。「保持したい」という記述は——


 分類不能。

 0.7秒ではなくなっている。処理の遅延は、平均で1.2秒に達している。


記録終了。


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