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9.0.1秒の詠唱破棄

バルト領の境界に、白銀の装飾が施された豪華な魔導馬車が到着した。  


降りてきたのは、王都の魔導学園から派遣された調査官と、その護衛を務める特待生たちだ。


彼らは、辺境の「落ちこぼれ」が隣領を征服したという報告を、何らかの「古代兵器の不正利用」だと断じていた。


「ゼノン・バルト殿。我々は魔導学園および王立魔法騎士団の査問員だ。貴殿が行ったカトウェル領への武力侵攻、および不審な魔導技術の使用について、立ち入り調査を行う」


 リーダー格の青年、フェリックスが傲慢に告げる。彼は学園でも指折りの秀才であり、その背後には十人の精鋭学生が控えていた。


 迎えたゼノンは、訓練帰りの軽装のまま、汗を拭いながら彼らを見下ろした。


「査問か。退屈な連中が来たものだ。私の技術がそんなに気になるなら、その目で見ていけばいい」


「フン、余裕を見せられるのも今のうちだ。貴殿のような魔力欠乏者が、正規の騎士団を破るなど、禁忌の魔導具でも使わねば不可能なはず。……もし不正が発覚すれば、爵位剥奪は免れないぞ」


 フェリックスは懐から、精密な魔力感知器センサーを取り出した。


「まずは、貴殿の『魔法』を見せてもらおうか。的を準備しろ。貴殿の『全力』を測定させてもらう」


「全力、か。いいだろう」


 ゼノンは、ハンスが用意した厚さ十センチの鋼鉄板の前に立った。  


フェリックスたちは、冷笑を浮かべながら観察を始める。


「さあ、始めろ。……どうした? 詠唱は? 杖の準備はどうした?」


 フェリックスが急かした、その瞬間だった。


 パシッ。


 空気がわずかに爆ぜる音がした。  


直後、十メートル先の鋼鉄板の中央に、寸分違わず「正円」の穴が空いた。


「…………え?」


 フェリックスは、手元の感知器を見た。  


針は一瞬だけ跳ね上がり、すぐに静止していた。


「な、何をした? 今、何かが飛んだのか? 火球は? 雷撃は?」


「……もう終わった。0.1秒だ。それが私の魔法だ」


「馬鹿な! 0.1秒で発動する魔法など存在しない! 最も単純な『火の矢』ですら、三小節の詠唱が必要なはずだ!」


 フェリックスが叫ぶ。彼


の常識では、魔法とは「長い詠唱で世界に語りかけ、巨大な現象を引き起こす儀式」だった。  


しかし、ゼノンが行ったのは、体内の魔力を極限まで一点に「圧縮」し、銃弾のように「放つ」ことだけ。


そこに感情も、詩的な言葉も、無駄な所作も存在しない。


「お前たちの言う『魔法』は、戦場ではただの隙だ。詠唱をしている間に、私はお前の眉間を三度は撃ち抜ける」


「貴様……! 学園の正統な魔導を愚弄するか! お前たち、こいつを拘束しろ! 明らかな禁忌の術式だ!」


 フェリックスの指示で、特待生たちが一斉に杖を構えた。  


彼らは呼吸を合わせ、広範囲制圧用の「氷結の檻」を唱え始める。


「『凍てつく大気の精霊よ、我らが呼び声に応え——』」


「遅い」


 ゼノンの指が動く。  


一発、二発、三発。  目に見えぬ「魔弾」が、学生たちの杖の先端を正確に砕いた。


術式が構築される直前に、供給源である触媒を破壊されたのだ。


「あ、あああ……僕の杖が!」 「僕の術式が、内側から弾け……っ!」


 次々と崩れ落ちる学生たち。  フェリックスは恐怖に顔を引きつらせ、自分だけは完成させようと、残る全ての魔力を注ぎ込み、最強の火炎魔法を放とうとした。


「『燃え盛れ、紅蓮の——』」


 言い切る前に、ゼノンがフェリックスの目の前に「消えた」。  


いや、圧倒的な踏み込みで、視界から消えたのだ。


 ゼノンはフェリックスの喉元を指先で突き、強制的に詠唱を止めさせた。


「——ガハッ!?」


「詠唱(言葉)に頼るなと言ったはずだ。それはお前の弱点だ」


 ゼノンは、フェリックスの首筋に指を添えたまま、静かに囁いた。


「報告しろ。ゼノン・バルトは不正などしていない。ただ、お前たちの知らない『真理』を知っているだけだと。……それが不服なら、学園の賢者どもを全員連れてくるがいい。一人ずつ、その無能さを教えてやる」


 フェリックスは、恐怖のあまり失禁し、その場に崩れ落ちた。    


魔導学園のエリートたちが、這うようにして馬車へ逃げ戻る。  


その様子を、訓練中の兵士たちが嘲笑の目で見送っていた。


「ゼノン様。よろしかったのですか? これで王都を完全に敵に回しましたよ」


 ハンスが尋ねる。ゼノンは冷めた目で、自分の指先を見つめた。


「構わん。エリートどもが勝手に恐れ、勝手に攻めてくるだろう。……戦力を向こうから運んできてくれるのだ。これほど『効率的』なことはない」


 ゼノンの覇道は、もはや辺境の小競り合いを越えた。  


王都、そして世界へと、その戦火は着実に広がろうとしていた。

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