表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

8/31

8.騎士ハンス、地獄への招待

カトウェル領を併呑してから三日。  


ゼノンは、生き残ったカトウェル騎士団百名と、元のバルト領兵百名を広大な練兵場に集めていた。


 昨日の敵と今日からの同僚。互いに疑心暗鬼の視線をぶつけ合う彼らの前に、ゼノンは一本の木剣を持って現れた。


「仲良く睨み合っているところ悪いが、お前たちに互いの顔を覚える時間は与えない。……今日からは、隣にいるのが誰かなど関係なくなるからだ」


 ゼノンの合図とともに、ハンスと数人の側近たちが、重厚な鉄の箱を運び込んできた。


中に入っていたのは、奇妙な意匠の「重り」と、全身を縛り付けるような拘束具だった。


「それは私の魔導で重力を操作した特製の教具だ。これを装着し、今から言う『呼吸法』を維持しながら、夕暮れまで模擬戦を繰り返せ」


「な……ゼノン様、これはあまりに重すぎます! これでは魔法の歩法ステップすら……」


 カトウェルの元精鋭が声を上げる。


だが、ゼノンはその喉元に一瞬で木剣を突きつけた。


「魔法の歩法? あの無駄に跳ね回るだけのダンスのことか? 私が教えるのは、最短距離で敵の心臓を穿つ『歩行』だ。……ハンス、手本を見せてやれ」


「はっ!」


 ハンスが進み出る。彼は既にその重り(ギプス)を装着していた。  


一歩、足を踏み出すごとに石畳がみしりと鳴る。


しかし、ハンスの動きには一切の無駄がなかった。    

シュッ。    ハンスの体がブレる。


次の瞬間、彼は十メートル先の木人を、魔力を持たぬ木剣で一刀両断していた。


「……バカな。魔力による強化もなしに、あんな速度が……!?」


「魔力は『爆発』させるのではない。体内の血管を、神経を、一点の回路として『巡らせる』のだ。ハンスが今やったのは、全身の魔力を右足の親指一点に凝縮し、地面を蹴る瞬間にのみ開放した結果だ」


 ゼノンは冷酷な笑みを浮かべた。


「これが軍事魔導——『一点集中ポイント・バースト』だ。これさえ極めれば、魔力量の少ないお前たちでも、ドラゴンを素手で引き裂くことができる。……ただし、制御に失敗すれば、自分自身の筋肉が弾け飛ぶがな」


 兵士たちの間に戦慄が走る。  だが、ゼノンは止まらない。


「今日から一ヶ月、この訓練を生き延びた者には、私の直属騎士としての位を授ける。……脱落し、再起不能になった者には、一生働かずに済むだけの退職金を出す。そして、死んだ者の家族は私が終身保障しよう」


 それは、死すらも報酬に変える悪魔の提案だった。


「さて、招待状は配った。地獄へ行く準備はいいか?」


 訓練が始まった。  


それは凄惨な光景だった。


重力に押し潰され、魔力操作のミスで腕の皮が裂け、血を吐きながら這いずる兵士たち。  


だが、誰一人として逃げ出す者はいなかった。    


なぜなら、ゼノン自身が、誰よりも重い負荷を自身にかけ、彼らの先頭で木剣を振り続けていたからだ。   「ハンス。盾を持て」


「……はっ!」


 ゼノンはハンスに向かって、圧縮された魔力の弾丸を容赦なく放つ。  ハンスは血を流しながらも、教えられた通りの魔力循環で「盾」を構築する。


「足りん。魔力を面で受けるな! 点で弾け! 衝撃を地面に逃がせ!」


「ぐああぁぁっ!!」


 吹き飛ばされ、壁に激突するハンス。


だが彼は、泥を噛みながら立ち上がる。  


彼の目には、もはや「無能な中堅騎士」の卑屈さはなかった。  


王に鍛えられ、王の盾となる。その至高の悦楽が、彼の肉体を突き動かしていた。


 夕暮れ時。  練兵場に立っていたのは、泥と血にまみれた二百人の「怪物候補」たちだった。


「……今日はここまでだ」


 ゼノンが告げると同時に、半数の兵士がその場に崩れ落ちた。  


しかし、彼らを待っていたのは、ゼノンが私財(旧カトウェル家の隠し財産)を投じて用意させた、最高級の回復薬と、山のような肉料理だった。


「食え。そして寝ろ。お前たちの肉体は、今、私の資産となった。……明日は今日の二倍、負荷を上げるぞ」


 兵士たちは、震える手で肉を口に運び、涙を流しながら笑った。  


この地獄を越えた先にある、自分たちの「最強」を、彼らは確信し始めていた。


 ゼノンは、月明かりの下で剣を振るハンスの背中を眺めながら、密かに頷いた。  


駒は育っている。


「そろそろ、あの『学園』の鼻持ちならない連中が、私の噂を聞きつけてくる頃か……」


 彼の視線は、次なる獲物——大陸中のエリートが集まる魔導学園へと向けられていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ