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5.バルト家の衝撃

翌朝。バルト家の庭園には、無惨な光景が広がっていた。  


カトウェル子爵の精鋭たちが、猿ぐつわを噛まされ、数珠つなぎにされて転がっている。


彼らから奪い取った高価な武具や魔導具は、ゼノンの兵たちの足元に雑然と積まれていた。


「……これはいったい、何の騒ぎだ」


 寝間着の上にガウンを羽織っただけの父・ギルベルトが、震える声で庭に現れた。


その背後には、顔を青くしたレナードと、怯える後妻の姿もある。


「見ての通りだ、父上。野鼠が迷い込んでいたので、私の『猟犬』たちが掃除したまでだ」


 ゼノンは返り血の付いたシャツを脱ぎ捨て、従者に新しい上着を着せさせながら淡々と答えた。


その「従者」とは、かつてゼノンを蔑んでいた執事のセバスだ。


彼は今や、蛇に睨まれた蛙のように、震える手でゼノンの身の回りを世話している。


「カトウェル家の紋章……!? 貴様、正気か! 子爵家は我が家よりも格上、兵数も三倍はあるのだぞ! こんなことをして、戦争になったらどうするつもりだ!」


「戦争? ああ、いい機会だ」


 ゼノンはギルベルトの目の前まで歩み寄り、その瞳を覗き込んだ。


「父上、貴方は一つ勘違いをしている。カトウェルが攻めてくるのではない。私が、彼らを滅ぼしに行くのだ。この男たちは、そのための『口実』に過ぎない」


「な、何を……」


「今日この時から、バルト家の全権は私が預かる。軍事、外交、そして金庫の鍵もだ」


 ギルベルトが激昂し、右手を振り上げた。


「ふざけるな! 誰が貴様のような狂人に——」


 パシッ、という乾いた音。  


ギルベルトの手は、ゼノンに届く前にハンスの手によって遮られた。


「……退いてください、旦那様。今、この家のあるじはゼノン様です」


 ハンスの瞳には、かつての忠誠心ではなく、新王への狂信的な熱が宿っていた。


ハンスだけではない。


周囲を囲む兵士たちの視線は、もはや現領主であるギルベルトには向けられていない。


彼らの忠誠は、昨夜の金貨と、圧倒的な勝利によって完全に「買収」されていた。


「レナード、お前もだ」


 ゼノンは、端で震えている弟に視線を向けた。


「兄上……僕は……」


「お前の魔法の理論はゴミだが、魔力を練る根気だけはある。私の書庫に来い。前世の——いや、私の『真の術式』を書き写させてやる。私のために、その魔力を使え」


 ゼノンは懐から、一枚の羊皮紙を取り出した。


そこには昨日、彼が記憶を頼りに書き殴った「新型の術式」が記されている。


 レナードは、恐る恐るその紙を受け取り、目を通した。  一分後、彼の顔から血の気が引いた。


「……ありえない。こんな、魔力のバイパスの組み方……学園の教科書には、どこにも……。でも、もしこれが本当なら、僕の威力は十倍以上に……」


「理解できたか。ならば、それがお前の命の値段だ。私の役に立っている間だけ、お前をバルト家の一員として認めてやろう」


 ゼノンは背を向け、庭園に並ぶ捕虜たちを見下ろした。


「ハンス、兵をまとめろ。カトウェル子爵領へ向けて進軍の準備だ。一週間以内だぞ」


「はっ! しかし、資金が……兵糧や火薬の買い出しには、相当な金が必要ですが」


 ゼノンは、捕虜の隊長が持っていた「子爵家の印章」をハンスに放り投げた。


「これでカトウェル名義の借用書を書け。武器商人どもは喜んで金を貸すだろう。支払いは、カトウェルの首と、彼の領地の徴税権で済ませる」


 その徹底した合理性と冷酷さに、ハンスは身震いしながらも、歓喜に震えて跪いた。


 バルト家の屋敷を包む空気は、一夜にして変わった。  古びた辺境貴族の家は死に、大陸を震撼させる「魔導軍事要塞」へと産声を上げたのだ。


「さあ、始めよう。平和という名の『退屈』を終わらせる時間だ」


 ゼノンの薄い唇が、不敵に弧を描いた。

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