4.最初の「掃除」
バルト家の屋敷の深夜、静寂を破ったのは、鎧の擦れる音ではなく、草を踏みしめるかすかな足音だった。
送り込まれたのは、近隣の有力領主・カトウェル子爵が放った「隠密部隊」である。
目的は二つ。 急変したと噂されるゼノンの暗殺。
そして、バルト家が隠し持っているとされる「未知の魔導技術」の強奪。
彼らは魔力を隠蔽する外套を羽織り、熟練の動きで庭園を横切る。
だが、その頭上のバルコニーでは、ゼノンが冷めた目で彼らを見下ろしていた。
「……ハンス。標的は六人だ」
影の中から、ハンスが姿を現した。
三日前までの、どこかくたびれた騎士の面影はない。
その全身にはゼノンが設計した、軽量化と隠密性に特化した漆黒の革鎧が纏われていた。
「はっ。既に配置に就いております。……しかし、よろしいのですか? 相手はカトウェル家の精鋭。我らのような数合わせの兵では、本来なら太刀打ちできません」
「だからこそ、技術で埋める。……行け。一人も逃すな」
ゼノンが指を鳴らす。それが開戦の合図だった。
侵入者の一人が、屋敷の勝手口に手をかけた瞬間——。 足元の石畳が、不自然な光を放った。
「なっ、罠か……!?」
魔導回路を刻んだ「地雷型」の魔導具。
派手な爆発はない。代わりに、高密度の振動波が周囲数メートルを襲い、侵入者たちの平衡感覚を一瞬で破壊した。
「今だ。狙え」
ハンスの声と共に、暗闇から四人の兵士が飛び出した。
彼らが手にしているのは、剣ではない。
バルト家の工房を夜通し稼働させて作らせた、弩に魔導加速の術式を組み込んだ「魔導短弩」だ。
シュッ、シュッ、と鋭い音が連続して響く。
平衡感覚を失い、無防備に立ち尽くしていた侵入者たちの膝、肩、そして利き腕に、正確にボルトが突き刺さった。
「ぐわぁぁっ!」 「どこだ! どこから撃っている!」
パニックに陥る精鋭たち。彼らは必死に魔法を唱えようとするが、ゼノンの過酷な訓練を受けた兵士たちは、相手が指を動かすよりも早く、次の一撃を放つ。
ハンスが前に出る。 彼はゼノンに教えられた通り、魔力を剣の「刃先数ミリ」にのみ集中させた。 「——軍事魔導・一式『断鎖』」
ハンスの剣が閃いた。
相手の重厚な鎧を、紙のように易々と切り裂き、侵入者の隊長の首筋に刃が止まる。
わずか数十秒。カトウェル家の精鋭は、全滅していた。
「……信じられん。これほど一方的な勝利など」
ハンスは己の震える手を見た。
かつての彼なら、この規模の敵を相手にすれば、死を覚悟しただろう。
だが、ゼノンが与えた「道具」と「戦術」は、個人の魔力量の差を完全に無力化した。
ゼノンがバルコニーから飛び降り、優雅に着地する。
彼は地面に転がる隊長の髪を掴み、強制的に顔を上げさせた。
「カトウェル子爵に伝えろ。……偵察の礼は、近いうちに『直接』届けに行くと」
「き、貴様……こんなことをして、タダで済むと思うな……!」
「ああ、済ませるつもりはない。これは掃除だ」
ゼノンは立ち上がり、兵士たちを見渡した。
恐怖と興奮で顔を上気させている彼らに向かって、ゼノンは懐から取り出した重厚な皮袋を地面に落とした。
「見事な働きだ。捕虜一人につき金貨五枚。トドメを刺した者には十枚を今ここで支給する」
重い音を立てて金貨が散らばる。
兵士たちの目が変わった。
自分たちの領地の一年分の税収にも匹敵するような報賞が、たった数分の「仕事」で手に入ったのだ。
「私は、私を勝たせる者を決して見捨てない。この金で酒を飲め。女を抱け。そして明日、さらに厳しい訓練に備えろ」
「「「おおおおおっ!」」」
兵士たちの叫びは、もはや騎士の誓いなどではなく、略奪と勝利を約束する王への「狂信」だった。 ゼノンはその様子を眺めながら、夜の闇の向こう側、カトウェル子爵の領地を見据えた。
「まずは隣領からだ。……アスタルクの版図を、この体で再構築させてもらう」
この夜、バルト領にいた「落ちこぼれの長男」は完全に死んだ。
代わりに生まれたのは、金と暴力、そして未知の技術で大陸を呑み込もうとする「新時代の魔王」であった。"




