34.ゼノン・バルト、小国の王へ
「——本日、この瞬間を以て、旧アステリア王国の名は歴史から抹消される」
王都グラン・ガルドの中央広場。白銀の光り輝く壇上に立つゼノンの宣言に、数万の民衆が息を呑んだ。
彼の背後には、修復された王城の尖塔がそびえ立つ。
しかし、そこにはもはや古臭い王家の紋章はない。ゼノン自らが設計した、**「剣と歯車、そして幾何学的な魔導数式」**を組み合わせた新生バルト帝国の国旗が、力強く風にたなびいていた。
「私は王冠を欲したのではない。この地に蔓延る『非効率』と『停滞』を駆逐するための権限を求めたに過ぎない。よって、私は『王』ではなく、この国の演算を司る『統帥』として君臨する」
ゼノンは、かつて王族以外が触れることを許されなかった聖剣を、文字通り「資源」として溶解させ、それを平民騎士団の団長ハンスの剣の素材へと変えてみせた。
権威の破壊。そして、実用への転換。 その徹底した合理主義に、平民たちは熱狂し、旧貴族たちは己の価値観が根底から崩れる音を聞いた。
「小国」という名の牙
形式上の戴冠を終えたゼノンが最初に行ったのは、周辺諸国への「最後通牒」であった。
彼は、ヴェルダン平原で捕虜とした他国の貴族たちを、広間に集めた。
「お前たちの国へ戻り、自らの王に伝えろ。バルト帝国は、領土の拡大には興味がない。だが——」
ゼノンは、ホログラムで投影された大陸地図を指差した。
「帝国内を流れる魔力ラインの干渉、および不当な関税の維持を試みるなら、私はそれを『国家演算に対するノイズ』と見なす。ノイズは、消去する。……ヴェルダンで起きたことが、お前たちの王都で起きると思え」
それは、弱小領地から始まった一人の男が、大陸の均衡を支配する「一国の主」として、世界に牙を剥いた瞬間だった。
もはや誰も、彼を「バルト家の落ちこぼれ」とは呼ばない。
大陸の小国でありながら、その軍事密度と技術力は、大帝国に匹敵する「特異点」となっていた。
支持の「熱」と、静かなる独裁
式典の後、ゼノンは民衆の間を、護衛もつけずに歩いた。
かつての王なら暗殺を恐れて決してしなかった行為だ。
だが、ゼノンが歩く道では、平民たちが自発的に跪き、祈るように道を開けた。
「陛下! 昨日の配給、本当に助かりました!」 「息子を騎士団に入れていただき、ありがとうございます!」
次々と上がる歓声。
ゼノンはそれらに愛想を振りまくことはないが、時折、演算を止めて彼らの顔を見つめた。
「ハンス。……この『熱』を、エネルギーに変えろ。彼らの支持は、最強の防壁だ。不満という名の摩擦係数をゼロに近づけろ」
「はっ! すでに平民騎士団の士気は限界を超えております。彼らは陛下のためなら、地獄の業火にすら飛び込むでしょう」
ゼノンは、自らが築き上げた「軍事独裁国家」の完成度を確かめ、満足げに頷いた。
しかし、その平和な熱狂を切り裂くように、リィンが影から現れ、ゼノンの耳元で囁いた。
「……陛下。東方、レギオン帝国との国境付近。……空間の歪みを観測しました」




