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32.寝返る貴族たち

ヴェルダンの惨劇から数日。


新生バルト帝国の暫定首都となった王都グラン・ガルドの謁見の間には、奇妙な行列ができていた。  


それは、数日前まで「反ゼノン」を掲げていた周辺諸国の貴族や、王国軍の生き残りである将軍たちだった。彼らは豪華な献上品を携え、我先にとゼノンへの忠誠を誓い、保身を図ろうとしていた。


「ゼノン陛下! 我らカスティアの傍系貴族一同、陛下の神域の如き魔導に心酔いたしました! これからは陛下の忠実な手足として、領地の半分を献上いたします!」


 床に額を擦り付ける中年貴族を、ゼノンは玉座から冷ややかに見下ろした。その傍らには、厳しい表情のハンスと、書類を冷徹に整理するソフィアが控えている。


「ハンス、こいつの顔を覚えておけ。昨日まで包囲軍に資金を流していた男だ」


「……はっ。すでにリストに。陛下の御命令一つで、いつでも『処理』いたします」


「ひっ、ひぃっ!? そ、それは誤解でございます! あれは強制されたもので……!」


 ゼノンは、醜く命乞いをする貴族を無視し、無造作に手を振った。


「下がれ。お前の『領地の半分』など興味はない。この国の土地はすべて私の演算下にある。お前が生き残れるかどうかは、今後の労働効率次第だ」


 這いずるように退出する貴族たち。彼らにとってゼノンは恐怖の象徴だが、その後に続いた光景は、居合わせた者すべての価値観を揺さぶることになった。


英雄たちへの「報酬」

「——これより、ヴェルダン平原にて戦功を挙げた我が兵たちへ、恩賞を与える」


 ゼノンが立ち上がると、謁見の間の空気が一変した。  


扉が開かれ、入ってきたのは着飾った貴族ではなく、泥と返り血を拭ったばかりの「学生軍レギオン」の若者たちと、平民出身の志願兵たちだった。


「ソフィア、例のものを」


「はい。……第一陣、百二十名分。準備できておりますわ」


 ソフィアが合図を送ると、運ばれてきたのは金貨の山ではなかった。


それは、ゼノンが自ら魔力を吹き込み、調整を施した「特製魔導核コア」と、見たこともないほど精緻な紋章が刻まれた「バルト帝国勲章」だった。


「この勲章は、単なる名誉ではない。私の魔力回路と直結する『認証鍵』だ」


 ゼノンは、最前列で緊張に震える平民兵士の前に歩み寄り、その胸元に自ら勲章をピンで留めた。


「これを持つ者は、帝国の魔導サーバーから直接、高純度の魔力提供を受けられる。


お前たちの魔力出力は、今日この瞬間から以前の三倍になる。……そして、お前たちの家族には、王都中央区の住居と、終身の医療保障を約束しよう」


「……あ、ああ……! 陛下……!」


 兵士の目から涙が溢れた。平民にとって、家族の安寧と、自身の「魔導師としての位階」の向上は、金貨を積まれるよりも遥かに価値のある、文字通りの「奇跡」だった。


「金は使えば消えるが、力と知識は血肉となる。……お前たちは私のために命を懸けた。ならば、私はお前たちの『人生』そのものを、他者の追随を許さぬ高みへと引き上げてやる。それが私の掲げる、独裁の責任だ」


 ゼノンは一人ひとりの肩を叩き、言葉をかけ続けた。


その手は温かく、言葉には冷徹な数式ではなく、戦友としての確かな信頼が宿っていた。


敗者の心、勝者の情

 式典の最後、ゼノンは隅で震えていた敗軍の負傷兵たちに目を向けた。


彼らは処刑を待つ家畜のように怯えていた。


「エレオノーラ、出番だ」


「……はい、ゼノン様」


 聖女エレオノーラが、ゼノンの教えによって最適化された「広域再生魔導」を展開する。  


瞬時に負傷兵たちの傷が塞がり、欠損した四肢さえも魔力の光によって補填されていく。


敵兵たちは信じられないものを見る目で、己の体を見つめた。


「敵兵諸君。私は無意味な死を好まない。それはリソースの無駄だからだ」


 ゼノンは、再生したばかりの敵兵の一人を立ち上がらせ、その汚れを払った。


「故郷へ帰り、家族に伝えろ。ゼノン・バルトは、無能な王とは違う。

……従う者には、今お前たちが受けた『救済』を等しく与えるとな。次は、敵としてではなく、私の歯車として会おう」


 その瞬間、敵兵たちの絶望は、深い敬畏と感謝へと塗り替えられた。  


「悪魔」と教えられていた男は、誰よりも公平で、誰よりも配下の命と生活を慈しむ「真の王」だったのだ。


王の孤独と、臣下の誓い

 夜、誰もいなくなった玉座の間で、ゼノンは疲れを隠すように目を閉じていた。  


そこに、リィンが温かい茶を持って現れる。


「……陛下。貴族たちからは『甘すぎる』と失笑を買うでしょうね。敵に治療を施し、平民に特権を与えるなど」


「失笑させておけ、リィン。……貴族どもは数しか見ないが、私は『質』を見る。一万の無能な駒より、私を心から信じる一人の兵の方が、戦場では価値がある」


 ゼノンは茶を一口すすり、ふっと微笑んだ。


「……それに、あの平民兵の顔を見たか? あんな顔で笑われると、演算(計算)が狂いそうになる」


 リィンは、そのゼノンの人間臭い一面を見て、自身も小さく微笑んだ。  


「……だからこそ、私たちは貴方に命を預けるのです。……おやすみなさい、私の王」


   寝返った貴族たちが企む「保身の策略」など、ゼノンが築き上げた「忠誠の絆」の前では塵に等しい。  


新生バルト帝国。そこは恐怖だけでなく、熱狂的な崇拝と、確かな幸福が同居する「異形の楽土」になろうとしていた。

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