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30.戦略級魔法の「正解」

ヴェルダン平原は、鉄と血の臭い、そして過剰に励起された魔素によるオゾンの香りに満ちていた。


三國連合軍の兵士たちは、もはや軍隊としての体を成していなかった。


重力の檻に捕らわれ、自らの魔法に焼かれ、彼らが目にしたのは、一人の男が指を動かすたびに、数千の命が「統計上の数字」として消えていく現実だった。


「ひ、退け! 退却だ! あんなものは人間ではない!」


 エドワード公爵の悲鳴が響くが、逃げ道はすでに塞がれていた。  


ゼノンを中心に、学生軍が展開した魔導導線が、平原の四方を囲むように「絶対障壁」を構築していたからだ。


「退路を断つとは、卑劣な……!」


「卑劣? 違うな、公爵。これは『最適化』だ」


 ゼノンは、黒い光が凝縮された右手を天に掲げた。


魔法の「出力」と「効率」

「お前たちの言う戦略級魔法とは、ただ膨大な魔力を一点に投下するだけの、無駄の多い爆火に過ぎない。


出力の九割は熱として大気に逃げ、標的以外を無意味に焼く。……それでは『正解』とは呼べん」


 ゼノンの背後に、巨大な幾何学模様の魔方陣が何重にも重なり合いながら、天空を覆い尽くした。


それはソフィアたち学生軍三千人の演算能力を、ゼノンを核(CPU)として一つに束ねた、大陸史上類を見ない「並列演算魔導陣」だった。


「ソフィア、標的の座標バイタルは?」


「……誤差0.002ミリ。全五万個体、それぞれの魔力回路の接合点をロックしました。……いつでもいけますわ、統帥」


 ソフィアの声には、もはや一片の躊躇もない。


彼女にとって、これは虐殺ではなく、ゼノンという完璧な数式の一部として、世界から「誤差」を取り除く作業に過ぎなかった。


軍事魔導・零式『因果崩壊ロジカル・エンド


「戦略級魔法の正解を教えてやろう。……それは、広範囲を壊すことではない。広範囲にある『すべての急所』だけを、同時に突くことだ」


 ゼノンが指を振り下ろした。


「——死ね」


 閃光も、爆音もなかった。  


ただ、平原全体を襲ったのは、ガラスが割れるような、あるいは糸がぷつりと切れるような、乾いた「音」の連鎖。


 ドサリ、ドサリ、ドサリ。


 数万の兵士たちが、一斉に糸の切れた人形のように崩れ落ちた。  


鎧は傷ついていない。大地も焼かれていない。ただ、彼らの体内にある「魔力回路」と「心臓の鼓動」を繋ぐ電気信号だけが、ゼノンの数式によって一瞬で遮断シャットダウンされたのだ。


 一万、二万、三万……。  わずか一秒。連合軍の主力が、文字通り「沈黙」した。


「な……ああ……あ……」


 唯一、ゼノンによって「生かされた」エドワード公爵は、周囲の静寂に喉を鳴らした。  


つい先刻まで五万の軍勢がいた場所には、今や物言わぬ肉の塊と、静かに風にたなびくバルト帝国の旗があるだけだった。


虐殺の先にある「静寂」

「これが、戦略級魔法の『正解』だ。


……余計な破壊は必要ない。標的だけを、リソースを最小限に抑えて排除する。……理解できたか?」


 ゼノンは崩れ落ちる公爵の前に立ち、冷たく見下ろした。


「貴様は……貴様は、悪魔だ……! 神の理を、これほどまでに……!」


「理とは、勝者が書き換えるものだ。


……公爵、お前の役割はまだ終わっていない。生き残った数千の兵と共に、お前の国へ帰れ。


そして、私の『正解』を、震えながら王たちに伝えるがいい」


 ゼノンは踵を返し、学生たちの元へ戻った。    


学生たちは、自分たちが成し遂げた「神域の業」に、恐怖よりも深い陶酔を覚えていた。  


一人の天才に導かれ、数万の敵を指先一つで沈める。その万能感が、彼らをバルト帝国の忠実な歯車へと変えていく。


「ハンス、残存兵の武装を解除しろ。ソフィア、魔力残量の計算を。……次へ行くぞ」


 ゼノンの視線は、もはやこの平原にはなかった。  


 一対一万の勝利。そして戦略級魔法の完成。  


この「ヴェルダンの惨劇」は、瞬く間に大陸を駆け巡り、周辺諸国に究極の問いを突きつけることになる。


 ——投降して「数式」の一部となるか。それとも、根絶やしにされるまで抗うか。


 ゼノンの覇道は、もはや誰にも止められない。  


新生バルト帝国の進撃が、ついに大陸の勢力図を「一王独裁」の色に染め変えようとしていた。

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