27.バルト領、独立宣言
王都グラン・ガルドは、もはやかつての面影を留めていなかった。
旧王家の紋章は引き剥がされ、代わりにゼノンの「軍事数式」を象った白銀の旗が翻る。
腐敗した貴族たちの邸宅は徴用され、貧しい平民たちが住まう共同住宅や、魔導兵器の開発工房へと改装されていった。
そして、静寂の丘での「火葬」から三日後。
央広場には、王都の全住民と、遠くの村々から招集された平民たちが集められていた。
彼らの前には、漆黒の軍装に身を包んだ「アカデミア・レギオン」の学生軍と、ハンス率いる「黒影部隊」、そして覚醒した聖女エレオノーラが並び立っている。
壇上に立ったゼノンは、かつての王が戴いた王冠ではなく、簡素な銀のリングを指にはめていた。
「民草よ、そして、この愚かな宣言を見届けるであろう大陸の貴族、そして王たちよ」
ゼノンの声が、王都全土に設置された魔導拡声器を介して響き渡る。
「今日、私は旧王国の終焉を宣言する。数千年の歴史に甘え、内乱と腐敗にまみれ、外敵の脅威に目を背けてきたこの国は、すでにその命数を終えた」
広場に集まった人々は、恐怖と期待が入り混じった表情でゼノンの言葉を聞いていた。
彼らはこの数週間で、絶対的な力を目の当たりにし、そしてその力がもたらす「効率」の恩恵を感じ始めていた。
新生バルト帝国の誕生
「これより、バルト領は旧来のすべての因習と訣別し、新たに『新生バルト帝国』として独立を宣言する!」
ゼノンの宣言と共に、空中に巨大な魔力陣が展開された。
それは、王都全体の魔力供給路を再編し、防衛結界の演算を最適化する「帝国式国家基盤術式」。
「この国は、血筋や魔力量ではなく、ただ『成果』のみを評価する。怠惰な貴族に血税を吸い上げられることもなければ、無能な神職に命を弄ばれることもない」
ゼノンは、壇上に並ぶハンス、ソフィア、リィン、そしてエレオノーラを指差した。
「彼らを見よ。元貴族の長男、元伯爵令嬢の天才、元暗殺組織の道具、元聖女。出自も立場も関係ない。彼らは皆、私の掲げる『数式』を理解し、この新しい世界を共に築くために、自らの手で旧時代を殺した者たちだ」
そしてゼノンは、王都の兵器工場から運ばれてきた、最新鋭の魔導短銃を一本手に取った。
「戦いは避けられない。東のレギオン帝国は、必ずこの新しい秩序を破壊しようと攻め寄せるだろう。だが、恐れることはない。この私が、お前たちの命を数式で守り抜き、勝利へと導く」
ゼノンは、広場に集まった平民たちに、その短銃を示した。
「武器を取れ。そして、私の教える『軍事魔導』を学べ。お前たちの命は、もう神にも王にも委ねられない。己の手で掴み取るのだ」
「「「ゼノン様! ゼノン様!!」」」
広場に、熱狂的な歓声が沸き起こった。
それは恐怖による服従から、希望を見出した民衆の叫び。
「——これより、私がこの新生バルト帝国の初代皇帝となる。不満がある者は、いつでもこの私を討ちにくるがいい。……ただし、命の保証はない」
ゼノンの目は、遠く東の地を見据えていた。
そこには、かつての盟友にして宿敵、カイン・レギオン皇帝の視線が、確かに届いていることを知っていたからだ。
各国の反応
「新生バルト帝国」の独立宣言は、大陸全土に衝撃を与えた。
西方諸国連合: 「魔力測定不能の男が、国王を傀儡にし、教会を破壊しただと!? まさに悪魔の所業! これ以上の拡大は許されぬ!」
各国の王たちはゼノンを「暴君」「簒奪者」と非難し、早急な包囲網の形成を議論し始めた。
北方王国: 「たった数ヶ月で、辺境の男がここまで……。彼の軍事魔導は、我々の常識を覆す。早急にゼノンとの接触を図り、その技術を我が国に取り込むべきだ」
一部の賢明な王は、ゼノンの脅威を認めつつも、その圧倒的な技術力に強い関心を寄せていた。
東方レギオン帝国: 帝都の玉座にて、皇帝カインは、ゼノンの独立宣言の報を聞き、狂おしいほどに笑っていた。 「ハハハハハ! やはりお前は、期待を裏切らぬな、アスタルク! 『新生バルト帝国』か。結構だ。ならば、その新しいおもちゃを壊しに、私が行ってやろう!」
カインは立ち上がり、巨大な大陸地図を睨みつけた。
その視線の先は、ゼノンが君臨する新生バルト帝国の位置。
「我が剣よ。我が親友よ。……もうすぐだ。お前と、そしてお前の『理想』を、この手で叩き潰しに行く」
ゼノンとカイン。二人の転生者による最終決戦の舞台は、着実に整いつつあった。
大陸の歴史は、この「新生バルト帝国」の誕生によって、予測不能な「戦乱の時代」へと突入したのである。




