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26.偽善を焼き尽くす軍事魔導

教会の審判から数日。


王都の北方に位置する「静寂の丘」には、王国最後の抵抗勢力が集結していた。  


彼らは「王都救済連盟」を自称し、ゼノンの独裁を「悪魔の所業」と断じる守旧派貴族と、彼らに従う三千の「聖騎士団」であった。


その中心に立つのは、王国で最も清廉潔白と謳われた名門・エドワーズ公爵である。


「ゼノン・バルト! 貴公の暴挙はもはや看過できん。伝統ある教会を血に染め、学園を兵器廠に変えるなど、人道の道に外れている! 武器を捨て、法の裁きを受けよ!」


公爵の叫びに応えるように、聖騎士たちが一斉に銀の盾を掲げた。


彼らが展開するのは、数千人の魔力を連結させた大規模防護陣「女神の揺りかご」。


あらゆる邪悪を退けると信じられている、王国の至宝たる防御魔法だ。


 丘の下、わずか五百の学生軍を率いるゼノンは、退屈そうに鼻を鳴らした。


「……伝統。人道。正義。実に美しい言葉の羅列だ。だが、その言葉の裏で、お前たちは一度でも『勝算』を計算したことがあるか?」


偽善の正体

ゼノンは馬を降り、ゆっくりと敵陣に向かって歩き出した。


彼の背後には、以前の迷いを捨て去り、鋼の意志を瞳に宿した聖女エレオノーラが控えている。


「エレオノーラ、見ろ。あれがお前を縛っていた『偽善』の集大成だ。彼らは自分たちが正しいと信じることで、思考を停止させている」


「……はい、ゼノン様。今の私にはわかります。あの盾を維持するために、どれほど多くの魔力が『空費』されているのかが」


 エレオノーラが呟く。


以前の彼女なら「美しい光」と称賛したであろう防護陣。


だが、ゼノンの軍事教育を受けた今の彼女の目には、それは「熱エネルギーとして大気に漏れ出している欠陥品」にしか見えなかった。


「ゼノン・バルト! 黙って聞けば……これ以上の無礼は許さん! 全軍、聖なる光を放て!」


 公爵の号令と共に、丘の上から数千の光の矢が降り注いだ。


一つ一つが物理的な質量を持ち、岩をも砕く破壊力を持つ。


「ソフィア、計算を。……無駄な動作は省け」


「了解です、統帥ゼノン


……弾道予測、完了。熱源探知、ロック。

……『軍事魔導・四式:真空偏向エア・ディフレクション』、展開!」


 ソフィア率いる学生たちが、一斉に指先を空中に向けた。


彼らは障壁を張らない。


ただ、降り注ぐ光の矢の周囲の「空気密度」をピンポイントで書き換え、その軌道を物理法則に従って「逸らした」のだ。


 ドォォォォン!!


 光の矢はゼノンたちの数メートル横に次々と着弾し、虚しく土煙を上げる。バルト軍は傷一つ負わず、ただ淡々と前進を続ける。


「火葬」の術式

「な、何だと……女神の光を、これほど容易く……!?」


 愕然とする公爵。ゼノンは彼の目の前、わずか五十メートルの距離で立ち止まった。


「お前たちの魔法は、見せるための『芸術』だ。だが、私の魔法は、終わらせるための『科学』だ」


 ゼノンが両手を広げる。その掌の間で、黒い火花を散らす極小の球体が発生した。


「軍事魔導・九式『熱圧崩壊サーモバリック・バースト』。


……お前たちが誇るその頑丈な盾。


中が『密閉空間』であるなら、これほど焼きやすい場所はない」


 ゼノンが指を弾いた。  


放たれた極小の黒い球体は、公爵たちの展開する「女神の揺りかご」に接触した瞬間、その防護壁を突き破ることなく、その表面を「滑る」ようにして内部へと浸透していった。


「な、何だ? 衝撃がないぞ……? ハハハ、我らが盾に弾かれ——」


「——爆ぜろ」


 刹那。    防護壁の内部で、猛烈な「吸引音」がした。  


ゼノンの放った術式は、盾の中の酸素を一瞬で吸い尽くし、超高圧の熱源へと変換したのだ。


 ドォォォォォォッ!!


 防護壁の内側が、紅蓮の炎で満たされた。  


盾が頑丈であればあるほど、その熱と圧力は逃げ場を失い、内部にいた騎士たちを無慈悲に焼き焦がしていく。盾は「邪悪」を防いだかもしれないが、物理法則による「熱膨張」を防ぐようには設計されていなかった。


「あ、あああああああぁぁぁっ!!」


 悲鳴が響き渡る。皮肉なことに、彼らが信じていた最強の防御魔法は、彼らを逃がさないための「巨大なオーブン」へと変貌したのだ。


灰の上の独立

 数分後。  炎が収まった丘の上には、真っ赤に焼けた鎧と、灰になった「正義」が転がっていた。  


生き残った公爵は、もはや髪も髭も焼け落ち、ただ呆然と地面を這っていた。


「……ま、魔法……こんなのは、魔法ではない……悪魔の、業火だ……」


「魔法ではない。効率的な『火葬』だ。……公爵、お前の掲げた正義は、この熱に耐えられたか?」


 ゼノンは公爵の前に立ち、冷たく言い放った。


「言葉で人を守ることはできない。守りたければ、その言葉を支えるだけの圧倒的な『物理的現実』を用意しろ。……お前たちの偽善は、今日、この灰と共に消えた」


 ゼノンは背を向け、丘の頂上へと登り詰めた。そこからは、王都グラン・ガルドの全景が見渡せた。


 彼は、自らの影に潜んでいたリィン、そして軍を指揮したハンスとソフィア、新たな力を手に入れたエレオノーラを見渡した。


「ハンス、準備はいいな。……これより、全土に宣言する」


 ゼノンは、焼け焦げた公爵の旗を足蹴にし、自らの紋章——「軍事数式を象った白銀の紋章」を空高く投影した。


「不合理な王座は、私が焼き尽くした。不浄な祭壇は、私が粉砕した。……今日、この瞬間より、バルト領は旧来の王国との決別を宣言する!」


 王都の住民、そして生き残った貴族たちが、震えながらその宣言を聞いていた。  


希望の光などない。ただ、冷徹なまでの真理と、逆らう者を灰にする圧倒的な暴力。


「——独立だ。我らはこれより、大陸の理を書き換える唯一の独立国家となる」


 ゼノンの覇道は、ついに一つの領地の枠を超え、世界を分かつ「大きな亀裂」となった。  


古い皮を脱ぎ捨てたバルト領。  


それは、大陸最強の軍事独裁国家として、歴史にその名を刻み始めたのである。

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