25.教会の闇と血の審判
大聖堂を後にしたゼノンの命令は、迅速かつ苛烈だった。
翌朝、王都の住民たちが目にしたのは、漆黒の軍装に身を包んだ「アカデミア・レギオン(学生軍)」が、教会の分厚い石壁を魔導重機で次々と打ち砕き、なだれ込む光景だった。
「聖域を侵す者は、神の雷に打たれるぞ!」 抵抗を試みる司祭たちの叫びは、ゼノンが開発した「魔力中和定数」の数式の前では無力だった。
彼らが縋る結界は、紙細工のように容易く引き裂かれていく。
ゼノンは、教会の地下深く——そこにあるはずのない「隠し金庫」と「秘密の研究室」の前に立っていた。
「リィン、解析を終えろ」
「……完了しています。この地下には、過去十年間で着服された国家予算の二割に相当する金銀、そして——」
リィンが扉を切り裂いた先には、凄惨な光景が広がっていた。
そこにあったのは、神への祈りではなく、魔力を人工的に抽出するために「消耗品」として扱われた平民の子供たちと、不老長寿を研究するための禁忌の術式だった。
「これが、お前たちが説いた『救い』の裏側か」 ゼノンの瞳に、冷徹な殺意が宿った。
広場での審判
正午。中央広場には、数万人の群衆が集まっていた。
広場の中央には、豪華な法衣を剥ぎ取られ、泥にまみれた大司教と十二人の枢機卿が並んで跪かされていた。
その周囲を取り囲むのは、ゼノンが救出したばかりの、教会の犠牲者となった子供たちの無惨な姿だ。
壇上に立ったゼノンは、マイクの役割を果たす魔導具を使い、その冷酷な声を王都全土に響かせた。
「民草よ、よく見ろ。お前たちが血税を捧げ、膝をついて祈りを捧げてきた『神の代弁者』どもの正体だ」
ゼノンが指を鳴らすと、空中に巨大な投影陣が現れた。
そこには教会の秘密帳簿と、地下室での非人道的な実験の記録が、誰にでもわかる数字と映像で映し出された。
「彼らは奇跡を売っていたのではない。お前たちの絶望を買い叩き、それを金貨と己の寿命に変えていたのだ。……大司教、最後に神への弁明はあるか?」
「お、恐れを知らぬか、ゼノン・バルト! 私は神に選ばれし者! 私を殺せば、この国の魂は死ぬのだぞ!」
大司教が狂ったように叫ぶ。だが、群衆から返ってきたのは、かつての敬意ではなく、地鳴りのような罵声と石礫だった。
血の「最適解」
「魂、か。……そんな不確かなものに頼るから、国家は腐る」
ゼノンは腰の剣を抜くことさえしなかった。彼はただ、数式を空中に描いた。
「軍事魔導・十七式『血の還元』」
それは、対象がそれまで不正に摂取してきた他者の魔力や生命力を、強制的に体外へ排出させる「死の計算」だ。
「ぎ、ぎゃあぁぁぁぁっ!!」
大司教と枢機卿たちの体が、内側から激しく発光し始めた。
彼らが禁忌の実験で得た「若さ」が剥がれ落ち、一瞬にして醜い老人の姿へと変わり、最後には全身の毛穴から鮮血を噴き出して絶命した。
広場は、一瞬にして静まり返った。 流された血は、教会の床を汚していた不浄な金貨を赤く染め上げた。
それは文字通り、宗教という名の幻想が「物理的な死」によって上書きされた瞬間だった。
聖女の決断
血の海の中で、一人の少女が震えていた。
昨夜、ゼノンに救済された聖女エレオノーラだ。彼女は、自分が信じていた場所がどれほど深く汚れていたかを、その目で見せつけられた。
「……ゼノン様。これが、貴方の言う『現実』なのですか」
「そうだ。祈りで腹は膨れぬと言ったはずだ。だが、この大司教たちが溜め込んでいた金貨があれば、この国の飢えは半年で消える。……エレオノーラ、立て」
ゼノンは、跪く彼女の前に手を差し出した。
「神は沈黙したが、私はここにいる。お前の力を、死にゆく者のためではなく、これから始まる『新しい世界』を生き抜く者のために使え」
エレオノーラは、ゼノンの手を取った。
その瞬間、彼女の背後に、純白ではなく「鋼の輝き」を放つ魔力の翼が展開された。それは宗教の枠を超え、ゼノンの軍勢を支える「戦略級回復官」として覚醒した証だった。
「……私は、貴方に従います。それが、犯した罪への贖いになるのなら」
宣言
ゼノンは、広場を埋め尽くす民衆に向き直った。
「今日、教会は死んだ。神を騙る者はもういない。……代わって、私が宣言する」
彼は高く、拳を突き上げた。
「これよりバルト領は、無能な王都から、そして腐敗した教会から決別する。……不合理を排し、力ある者が報われる地。私はそこに、新しい理を築く!」
民衆は、恐怖しながらも熱狂した。
目の前で「神」を殺した男が、自分たちに「明日」を約束したからだ。 教会の闇を払ったのは、希望の光ではない。冷徹な数式と、揺るぎない暴力による「審判」であった。
ゼノンは、自らの覇道における最後の精神的障害を排除した。
残るは、古い王国そのものを脱ぎ捨て、真の「国家」として独立すること。
「ハンス、全軍に伝えろ。……明日、独立を宣言する。
逆らう者は、一人残らずこの教会の連中と同じ道へ送ってやると」
王都に、新しい時代の、冷たく鋭い風が吹き抜けた。




