23.三権分立ならぬ、一王独裁
王立魔導学園の制圧から三日。王都は奇妙な静寂に包まれていた。
学園の門から現れたのは、かつてのような色鮮やかなローブを纏う学生たちではない。
ゼノンの「軍事魔導」によって思考を統一され、機能性を重視した漆黒の軍装に身を包んだ、若き魔導歩兵の大群だった。
その先頭を歩くゼノン・バルトは、一切の武装をせず、ただ傲然と王城「グラン・ガルド」の正門を潜った。
王城を守る近衛騎士たちは、槍を構えながらも、その手は小刻みに震えていた。
彼らが相対しているのは、単なる反乱軍ではない。
「現代魔法の最高権威」であった五賢者会を、わずか数分で無力化した「生ける天災」なのだから。
「道を空けろ。私は王に用がある。……不敬を説く前に、自分の心臓がまだ動いているか確認することだ」
ゼノンの一言で、近衛兵たちの防護魔法が内側から霧散した。
あまりに精密な魔力干渉。抵抗する術を失った兵たちが左右に分かれる中、ゼノンは玉座の間へと足を踏み入れた。
朽ち果てた議事堂
玉座の間には、王・ギルベルト三世と、その周囲を固める有力貴族、そして司法と行政を司る重鎮たちが集まっていた。彼らは、ゼノンのこの暴挙を「対話」によって収めようと考えていた。
「ゼノン・バルトよ! 貴殿の学園での功績は認めるが、武装した学生を連れての入城は度を越している。まずは兵を引き、法に従って説明を——」
行政官の一人が進み出て、長々と書かれた法典を広げようとした。
だが、その紙は、ゼノンが指を弾いた瞬間に青い炎となって灰に変わった。
「法? どの法の話をしている。お前たちが自分たちの利権を守るために書き連ねた、この腐った紙切れのことか?」
「不敬だぞ! 王国は王の威光と、我ら貴族の合議、そして法の厳格な運用という三つの柱によって成り立っているのだ!」
司法の長が叫ぶ。いわゆる、この世界における権力の分散、均衡の理論だ。だが、ゼノンは冷笑を浮かべ、王の座る玉座の階段に土足で腰掛けた。
「三つの柱、か。軍事の素人が政治を語り、私欲にまみれた貴族が法を操る。その結果、東から迫る帝国の軍勢を前にして、お前たちは何をした? 『予算がない』と嘆き、『手続きが必要だ』と時間を稼ぎ、前線の兵たちに『名誉のために死ね』と命じた。……それがお前たちの言う統治か?」
ゼノンは立ち上がり、玉座の間に並ぶ重鎮たちを一人ずつ指差した。
「軍事、行政、司法。これらがバラバラに機能しているのは、平和な時代の贅沢に過ぎん。国家という巨大な機構を、一つの目的に向かって最短距離で駆動させる。そのためには、複数の意志など邪魔だ」
一王独裁の宣言
ゼノンは懐から、一通の書類を取り出した。
それは彼が昨夜、リィンとソフィアを使い、王都のすべての物流、魔力供給、情報の流れを解析して作成した「新国家運営計画書」だった。
「今日から、この国に議会も合議も存在しない。すべての決定権は私、ゼノン・バルトに帰属する。行政は私の演算に従い、司法は私の意志を基準とし、軍事は私の手足として動く」
「バ、バカな……! それは独裁だ! 暴君の所業だぞ!」
「そうだ。独裁だ。だが、最高効率の独裁だ」
ゼノンは魔力を解放した。 玉座の間の天井に、巨大なホログラム状の数式が展開される。
それは王都全体の魔力供給ラインをリアルタイムで表示し、どこに無駄があり、どこを強化すべきかを視覚化したものだった。
「私が解析したところ、この王都の予算の六割が、お前たちの贅沢と無意味な儀式に消えている。これをすべて軍事と、魔導技術のインフラ整備に回す。逆らう者は、国家の歯車を狂わせる『ノイズ』として排除する」
ゼノンは玉座に座る王、ギルベルト三世の胸ぐらを掴み、無理やり立ち上がらせた。
「父上。……いや、陛下。貴方はこれからの隠居生活を楽しむといい。王冠は私が預かる。お前たちの言う『三権分立』が守れなかったこの国を、私の『一王独裁』が救ってやる」
「ゼ、ゼノン……お前は、何をしようとしているんだ……」
「戦争だ。……帝国という、暴力そのものの化身と踊るための準備だよ」
粛清と再編
その日のうちに、王都は「洗浄」された。 ゼノンの意志に異を唱えた貴族たちは、リィン率いる隠密部隊によって即座に拘束され、その財産はすべて国庫へと没収された。
代わりに、ゼノンが学園で鍛え上げた「天才を捨てた技術者」たちが各省庁に配置され、国家の運営は、感情や伝統を一切排した「数式」によって行われるようになった。
王都の街角では、困惑する平民たちの前で、ゼノンの兵たちが宣言を行っていた。
「今日より税は一律化される。賄賂を要求した役人は処刑した。これからは実力のみが評価される。働ける者は軍へ、知恵ある者は工房へ。……拒む者に、王の保護はない」
それは、自由を奪う代わりに「生存と効率」を与えるという、冷徹な社会契約だった。
夜、誰もいなくなった玉座の間で、ゼノンは一人、地図を眺めていた。 傍らには、ハンスが控えている。
「ゼノン様。王都の接収、完了いたしました。……しかし、民や下級貴族たちの反発は、内側に火種として残るでしょう」
「それでいい、ハンス。不満があるなら、私の用意した舞台で成果を挙げて見せろと言え。……人は、圧倒的な利益と、逆らえぬ力の前では、自由よりも服従を愛するようになるものだ」
ゼノンは、東の空を見つめた。
カイン率いるレギオン帝国。あちらもまた、個人の意志を排した巨大な暴力装置へと変貌しているはずだ。
「さあ、始めよう。無駄を削ぎ落とし、ただ『勝利』のためだけに存在する国家の構築を」
三権分立は死んだ。
ここに、ゼノン・バルトという唯一の演算核を持つ、大陸史上最も冷酷で強靭な独裁国家が産声を上げた。




