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22.「天才」を絶望させる技術

賢者会の長、アルドスが地に伏した。  


学園を覆う静寂は、単なる驚愕ではなく、数千年の歴史が崩壊したことへの喪失感だった。


壇上に立つゼノン・バルトは、粉砕された石壁の瓦礫を無造作に踏み越え、観客席の最前列で震える特待生たちを見下ろした。


「……さて。神話の時間は終わりだ。

次は、お前たちが信じている『才能』という名の幻想を殺してやろう」


 ゼノンの声は低く、そして練兵場の隅々まで残酷なまでに響き渡った。


魔法の正体

ゼノンは、アルドスが落とした高価な魔導杖を拾い上げると、それを指一本で弄んだ。


「この杖一本に、平民の家が十軒建つほどの資産が注ぎ込まれている。


だが、この杖がなければ魔法も撃てない連中を、なぜ世間は『天才』と呼ぶのだ?」


「な、何を……! 杖は魔力を増幅し、術式を安定させるために不可欠なものです!」  


一人の学生が絞り出すように反論した。


学園でも屈指の魔導理論家として知られる、侯爵家の次男だ。


「不可欠? 違うな。それはお前たちが『演算の怠慢』を道具で補っているだけだ」


 ゼノンは杖を空中に投げ上げると、その滞空中に自身の魔力を放った。  


パシッ、という乾いた音と共に、国宝級の魔導杖が粉々に砕け散る。  


学生たちから悲鳴が上がった。だが、ゼノンの「講義」はここからが本番だった。


「いいか。お前たちの魔法は『イメージ』という不確定な要素に頼りすぎている。火を出すために炎を思い浮かべ、雷を出すために稲妻を想像する。それは宗教だ。軍事ではない」


 ゼノンは指先を空中で動かした。


そこには、数千の極小の魔力文字が、まるで精密機械の設計図のように整然と並び始めた。


「魔力とは波長であり、周波数だ。そして現象とは、その波長が物質界の素粒子と干渉した結果に過ぎない。……ソフィア、壇上に上がれ」


 呼ばれたソフィアは、膝の震えを抑えながらゼノンの前へ進んだ。 「……はい、先生」


「今からお前の脳内に、私の演算回路を直接同期させる。……拒絶するな。さもなくば、お前の魔力回路は圧力に耐えきれず焼き切れる」


 ゼノンがソフィアの額に指を触れた瞬間、彼女の世界は一変した。


0.001秒の演算

「——っ!? あああああぁぁっ!!」


 ソフィアの脳内に、濁流のような情報が流れ込んできた。  


視界に入るすべての物質が「数値」に置き換わる。


空気の密度、湿度の変化、重力のベクトル、地面に含まれる魔素の残量。それら膨大な変数を、ゼノンの意識は「0.001秒」という極限の時間で並列処理していた。


「これが私の視界だ。ソフィア、右手の平に意識を集中しろ。温度を上げるイメージではない。そこにある酸素分子の振動数(周波数)を、この数式に従って書き換えろ」


「で、できない……こんな複雑な……!」


「できる。私の演算を補助記憶として使え。……撃て!」


 ソフィアが反射的に掌を突き出した。  


 ——その瞬間、轟音もなく、前方の空間が「蒸発」した。    


火球ではない。ただの空気が、分子レベルで励起れいきされ、数万度のプラズマへと変貌したのだ。


それは、アルドスの放った極大魔法よりも遥かに高い殺傷能力を、針の穴を通すような精密さで発揮していた。


「……はぁ、はぁ……今のは……何……?」


「お前が一生をかけて到達するはずだった『極致』の、さらに百分の一の技術だ」


 ゼノンはソフィアから手を離した。彼女はそのまま崩れ落ち、自分の手を見つめていた。


自分が天才だと自惚れていた昨日までの自分が、いかに「稚拙な積み木遊び」をしていたかを痛感させられたのだ。


天才の絶望

「お前たちに教えるのは、魔法ではない。魔法を『殺す』ための技術だ」


 ゼノンは、練兵場に集まった数千の学生たちを静かに見渡した。


「帝国のカインが率いる軍勢は、お前たちのような『天才』を、量産された歩兵の集団戦術で蹂躙する。


個人の魔力量など、集団の演算の前では無意味だ。


……私は、お前たちから『個性』という無駄な贅肉を削ぎ落とす」


 ゼノンが黒板に、あるいは地面に、次々と「正解の数式」を刻んでいく。  


それは、学園の教授たちが数十年かけて研究してきた論文を、一瞬で「ゴミ」に変える圧倒的な真理だった。


「明日から、詠唱を口にした者は、その場で喉を焼く。杖に頼った者は、その腕を折る。お前たちに必要なのは、奇跡を願う心ではなく、結果を導き出す冷徹な脳細胞だけだ」


 一人の学生が泣き出した。


自分の誇りが、家柄が、努力が、ゼノンの提示した「最適解」の前で、あまりにも容易く否定されたからだ。


「絶望しろ。そして、その絶望の上に私の技術ロジックを築け。


……私に従う者には、神の領域の片鱗を見せてやる。


拒む者は、旧時代の遺物として、カインの軍門に降って無様に死ね」


 学生たちの間に、奇妙な熱気が生まれ始めた。  


それは、プライドを砕かれた後に残った、純粋な「力」への渇望。  


ゼノンという怪物を前にして、彼らは「学徒」であることを捨て、「計算機の一部」としての兵士になることを受け入れ始めた。


 リィンは影の中から、その光景を恍惚とした表情で見つめていた。


(……天才たちが、壊れていく。そして、先生の色に染まっていく。……あぁ、なんて美しい蹂躙)


 ゼノンは、夕闇に染まる学園の時計塔を見上げた。


「——さあ、ガキども。授業再開だ。今夜は寝かせんぞ」


 学園という名の最高学府は、この夜を境に、世界を終わらせるための「魔導工場」へと作り変えられた。  


ゼノン・バルト。魔力測定不能の男が、全天才の頂点に君臨した歴史的な夜であった。

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