21.魔力測定不能の真実
「ゼノン・バルト! 貴殿の異端なる軍事思想は、もはや見過ごせぬ。この『魔法の聖域』を汚した罪、その命で償ってもらう!」
大講堂の中央、賢者会の議長アルドスが叫ぶ。
観客席を埋め尽くす学生たちの視線は、壇上の二人に釘付けになっていた。
アルドスは王国最強の魔導師。
対するゼノンは、入学時の魔力測定で「ゼロ」と判定された「測定不能の落ちこぼれ」だ。
賢者たちは、この公開処刑をもって、学生たちに植え付けられたゼノンの影響力を一掃するつもりだった。
「準備はいいか、老いぼれ。お前たちの言う『魔法の限界』を、今ここで壊してやる」
ゼノンは杖も持たず、ただ無造作に両手をポケットに突っ込んだまま立っていた。
「死ね、異端児! 『天を焦がす劫火の審判』!」
アルドスが放ったのは、学園の防衛結界から膨大な魔力を引き出し、王都の半分を灰にできるほどの超特級魔法だった。
講堂の屋根を突き抜け、天空から降り注ぐ巨大な火柱。誰もがゼノンの消失を確信した、その瞬間。
「——解析完了。出力が低すぎて欠伸が出るな」
ゼノンが指先を一本、上空へ向けた。
ドォォォォン……! 衝撃波が世界を揺らした。
だが、悲鳴を上げたのはゼノンではなく、アルドスと賢者たちだった。
降り注ぐはずの劫火が、ゼノンの指先一点に吸い込まれ、**「消失」**したのだ。
「な、なんだと……!? 私の極大魔法を、相殺したというのか!?」
「相殺? 違うな。お前の魔法の術式をバラバラに解体し、私の魔力で上書きして奪っただけだ」
ゼノンの全身から、これまで隠されていた「オーラ」が溢れ出した。
それは黄金でも紅蓮でもない。光を吸い込むような、深淵の如き紫黒の輝き。
「貴様……その魔力のプレッシャー……まさか、魔力ゼロなどという報告は嘘だったのか!?」
「嘘ではない。お前たちの使っている測定器が、私の魔力波形を検知できなかっただけだ」
ゼノンが一歩踏み出すごとに、大講堂の石畳が耐えきれずに粉砕される。
現代の魔法測定器は、一定の周波数の魔力のみを測るように作られている。
だが、前世で神の領域に達したゼノンの魔力は、高密度すぎて「物質」に近い性質を帯びていた。
現代人には、それが「魔力反応がない」ように見えていただけだったのだ。
「見せてやろう。これが、お前たちが数千年の歴史でついに到達できなかった、真の軍事魔導——『事象崩壊』だ」
ゼノンが掌をアルドスへ向ける。
そこには、一ミリにも満たない「特異点」が形成されていた。
「ひ、ひぃっ……! やめろ! 結界だ! 最大出力で障壁を張れぇっ!」
五賢者が必死に結界を起動し、学園の全エネルギーを防御に回す。
だが、ゼノンが放った極小の光は、その多重障壁を**「物理的に消滅」**させながら進んだ。
ドォォォッ!!
音もなく、アルドスが持っていた家宝の賢者杖が塵となった。
アルドスの背後の壁には、直径三メートルにわたる完璧な「円形の空白」が穿たれていた。
壁だけではない。その先の空までもが、魔力の衝撃で歪んで見える。
「……これが、落ちこぼれの力だというのか」
アルドスは膝から崩れ落ちた。
失禁し、恐怖に顔を歪ませるその姿に、かつての権威は微塵も残っていない。
観客席は、静寂に包まれていた。 学生たちが目にしたのは、小細工ではない。
圧倒的な「個」の武力。魔力測定器という文明の物差しでは測りきれない、異次元の怪物の顕現だった。
「——ソフィア、よく見ておけ」
ゼノンは、呆然と立ち尽くす伯爵令嬢のソフィアに向かって告げた。
「魔力測定値など、ただの数字だ。世界を定義するのは、その力で何を変えるかという意志の強さだけだ。……私についてくる勇気がある者は、拳を挙げろ!」
一秒の沈黙の後。 ソフィアが、震える拳を高く突き上げた。 「……勝利を! 唯一無二の王、ゼノン様に!!」
それを合図に、三千人のエリート学生たちが一斉に咆哮した。 彼らが崇拝したのは、学園の伝統ではない。 目の前に立つ、既存の全てを否定し、圧倒的な力で世界を再定義する「神域の王」であった。
「……ハンス、リィン。準備しろ」
ゼノンは、熱狂の渦の中で、冷徹に次の標的を見定めた。
「学園という遊び場は終わった。これより、この『最強の弾丸』どもを連れて、王都を接収する」
魔力測定不能の真実。
それは、彼がこの時代における「測定不能のバグ」であり、世界を破壊する「神の一撃」そのものであるという証明だった。




