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19.腐敗した魔法学園

学園の第一講義棟。


通常、ここでは歴史ある術式の詠唱法や、魔力の「優雅な」循環についての講義が行われる。  


だが、教壇に立つゼノンが黒板に書き殴ったのは、魔法学の権威たちが目にしたこともない、無機質で冷徹な「数式」の羅列だった。


「……ゼノン顧問、これは一体? 魔法式スペルの記述としては、あまりに簡略化されすぎています。これでは、魔力が大気に拡散してしまい、現象を固定できないはずですが」


 一人の女子学生が手を挙げた。学園始まって以来の秀才と謳われる、伯爵令嬢のソフィアだ。彼女の瞳には、疑念と知的な反発が宿っていた。


「拡散? 固定? ……ソフィア、お前たちは魔法を『彫刻』だと思っているようだが、それは間違いだ」


 ゼノンはチョークを放り投げ、黒板の数式の一点を指した。


「軍事における魔法とは、一点を穿つ『弾丸』だ。お前たちは火球を作るのに三節の詠唱を使い、周囲の酸素を無駄に燃やしている。だが、私が書いたこの式は、魔力を直径一ミリの針状に凝縮し、音速の三倍で射出することだけを目的としている」


「音速の三倍……!? そんな速度、物理障壁が追いつきません!」


「そうだ。だからこそ、防御に魔力を割く必要がなくなる。敵が盾を構える前に、その眉間を撃ち抜けば済む話だ」


 ゼノンはソフィアを教壇に呼び寄せた。


「私の指示通りに魔力を編んでみろ。詠唱は不要だ。……ただ、この数式パスに沿って、指先に魔力を『圧縮』しろ。それ以外の一切を思考から排除しろ」


 ソフィアは戸惑いながらも、ゼノンの冷徹なプレッシャーに押され、指先を掲げた。  


学園の常識では、魔法は「イメージ」と「詠唱」によって引き出すものだ。


だが、ゼノンの教えは「演算」と「出力」だった。


「——い、いくわよ」


 ソフィアが数式に従い、魔力の流動を一点に強制収束させる。  


その瞬間、彼女の指先に、米粒ほどの極小の「光」が灯った。


 シュッ。


 鋭い風切り音。  


次の瞬間、講義室の後方に置かれていた「魔導耐性鉄」の標的が、火花すら散らさずに貫通していた。背後の石壁には、深い穴が穿たれている。


「…………え?」


 ソフィアは自分の指先を見つめ、凍りついた。  


今、彼女が使った魔力量は、普段の初級魔法よりも遥かに少なかった。


それなのに、威力と速度は中級攻撃魔法を凌駕していた。


「な、なんて効率なの……。美しさは微塵もないけれど、これは……『殺すためだけ』に研ぎ澄まされた純粋な力」


 講義室が静まり返る。学生たちは、ゼノンが提示した「異端の数式」が、自分たちが信じてきた魔法の歴史を、一瞬で過去のものにしたことを理解した。


「理解したか。お前たちが学んできた『学問としての魔法』は、平和な時代の贅沢品だ。だが、私の『軍事魔導』は、一分一秒を争う戦場で生き残るための道具だ」


 ゼノンは教壇の縁に腰掛け、冷ややかに笑った。


「ソフィア。お前の演算能力は悪くない。明日から、お前を『魔導砲撃班』のリーダーに任命する。……不服か?」


「……不服、なんて。こんな未知の扉を見せられて、背を向けられる魔導師なんて、この学園には一人もいませんわ」


 ソフィアがドレスの裾を摘み、深々と一礼した。  


それは、プライドの高いエリート学生たちが、ゼノンを「格上の師」として認めた瞬間だった。


 その様子を、教室の隅に潜むリィンが、鋭い視線で見守っていた。 (……光り輝く学園の天才たちが、ゼノン様の『毒』に染まっていく。……面白い)


 しかし、この急速なゼノンの影響力拡大を、快く思わない勢力が動き出していた。


「ゼノン・バルト。これ以上、学園の秩序を乱すなら……『賢者会』が黙ってはいないぞ」


 学園の屋上から、その様子を見下ろす老人の姿があった。  


学園の最高意思決定機関。現代魔法の守護者たちが、ついに「異端児」を排除するための牙を剥こうとしていた。

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