表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/32

18.暗殺者の涙と服従

王都の北に位置する魔導学園都市。


その中心に聳える白亜の校舎は、美しくも排他的な空気を纏っていた。  


ここは、高貴な血筋と膨大な魔力量を持つ者だけが許される「聖域」であり、平民や魔力の低い者は、門を潜ることすら許されない。


「……反吐が出るな。戦の準備もできぬ子供たちが、象牙の塔でままごとをしているのか」


 学園の正門前。豪華な馬車から降り立ったゼノンは、贅を尽くした校舎を一瞥して吐き捨てた。  彼の背後には、地味な制服に身を包み、気配を完全に殺したリィンが「従者」として控えている。


「ようこそ、ゼノン・バルト殿。いや、今は『特別軍事顧問閣下』とお呼びすべきかな?」


 出迎えたのは、学園の教頭を務める恰幅の良い男だった。  


先日の「灰色の惨劇」に戦慄した国王が、帝国の脅威に対抗するため、学園の学生たちを「兵器」として使えるレベルに引き上げるようゼノンに依頼したのだ。


「形式的な挨拶は不要だ。教頭。すぐに学生たちを練兵場へ集めろ。私の時間は、無能な挨拶に使うほど安くない」


「……はは、これは手厳しい。しかし閣下、本園の学生は皆、将来の国を背負うエリート中のエリート。辺境の戦法がそのまま通じるとは思わないことですな」


 教頭の目には、明らかに「成り上がりの若造」への侮蔑が混じっていた。


 一時間後。広大な第一練兵場には、数千人の学生が集まっていた。  


彼らが手にしているのは、宝石を埋め込んだ豪奢な杖。


纏っているのは、防御魔法が何重にも施された高価なローブ。  


壇上に立ったゼノンを、学生たちは嘲笑と興味の混じった視線で見上げていた。


「おい、あれが噂の『辺境の落ちこぼれ』か?」 「魔力測定で最低値だった男が、俺たちに何を教えるんだ?」 「きっと何かの間違いさ。カトウェル領の奴らも、油断していただけに決まっている」


 ざわつく学生たちの声を、ゼノンは黙って聞き流していた。  


そして、彼はゆっくりと壇上のマイクを使わず、しかし練兵場の隅々まで通る澄んだ声で告げた。


「——静粛に。未来の死体諸君」


 一瞬で場が静まり返る。


「……死体だと!? 貴様、今の言葉を取り消せ!」  


最前列にいた、学園序列三位を誇る公爵家の嫡男が、激昂して杖をゼノンに向けた。


「取り消せ? なぜだ。今のままのお前たちは、帝国軍の歩兵一人の突撃で、泣き喚きながら首を落とされるだけの存在だ。それを死体と呼ばずして、何と呼ぶ?」


「貴様ぁっ! 黙って聞いていれば……!」


「不満があるなら、証明しろ」


 ゼノンは壇上から飛び降り、悠然とその学生の前に立った。  


「お前たち自慢の『芸術的な魔法』で、私に傷一つ付けてみろ。もしできれば、私は今すぐ顧問を辞任し、全財産を学園に寄付しよう。だが——」


 ゼノンの瞳が、零下まで冷え込む。


「失敗すれば、お前たちは今日から私の『犬』だ。私の命令なしに呼吸をすることも許さん。……やるか?」


「面白い……! 後悔させてやるぞ、無能者が!」


 公爵家の嫡男を中心に、数人の取り巻きが杖を構える。  


彼らは学園でもトップクラスの詠唱速度を誇る連中だ。


「『燃え盛る炎の精霊よ、我らが敵を灰に——』」


 合唱詠唱コーラス


広範囲を焼き尽くす極大魔法の予兆が、空気を震わせる。  


だが、ゼノンはただ、退屈そうに指を鳴らした。


 パチン。


次の瞬間、練兵場を覆っていた猛烈な魔力の波動が、嘘のように霧散した。  そ


れだけではない。詠唱を続けていた学生たちが、突如として喉を抑え、血を吐いてその場に崩れ落ちた。


「なっ……何が……魔法が、暴走した……!?」


「術式の組み方が甘い。魔力の流れを、一箇所『逆流』させてやっただけだ。……お前たちの魔法は、あまりに無防備で、あまりに脆弱だ」


 ゼノンは、床に這いつくばるエリート学生の頭を無造作に踏みつけた。


「これが学園の最高峰か? 笑わせるな。……さあ、教育の時間だ。まずはその重いローブを脱げ。今日からお前たちは、一人の『兵士』として、地獄の底から這い上がってもらう」


 学園を支配していた「腐ったプライド」が、ゼノンの冷徹な一踏みによって粉々に砕かれた。


王立魔導学園の長い歴史の中で、最も凄惨で、最も革新的な一日が始まった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ