14.辺境の獅子、咆哮す
「灰色の惨劇」の報は、魔導通信を介して瞬く間に大陸を駆け巡った。
わずか五百の兵で、帝国の鉄血騎兵団二千を殲滅。
その事実は、既存の軍事バランスを根底から覆す衝撃だった。
バルト領、領主の館。
かつては閑古鳥が鳴いていた執務室には今、大陸中の商人や、中立を装う小国の使者たちからの書状が、文字通り山となって積まれていた。
「ゼノン様、王都の国王陛下より緊急の招聘状が届いております。『急ぎ参内し、一連の武力衝突について釈明せよ』とのことですが……」
執事のセバスが、震える手で金縁の書状を差し出す。
ゼノンはそれを読みもせず、暖炉の火の中に投げ込んだ。
「釈明だと? 獅子が鼠に、なぜ吠えたのかを説明する必要があるか?」
ゼノンは窓の外を見下ろした。
練兵場では、新しく「バルト直属騎士」となった男たちが、帝国の漆黒の甲冑を身に纏い、さらなる高みを目指して互いに凌ぎを削っている。その士気は、もはや一領地の私兵のレベルではない。
「ハンス。王都へは『私は忙しい。不満があるなら、兵を率いて自らここまで来い』と返しておけ」
「……承知いたしました。文字通り、宣戦布告と受け取られるでしょうが」
ハンスは不敵に微笑んだ。今の彼にとって、王の命令は世界の理よりも重い。
一方、東のレギオン帝国。
荘厳な玉座の間にて、皇帝カインは報告書を破り捨て、哄笑していた。
「ハハハ! 素晴らしい! 兵を金で買い、死体でメッセージを送るか。アスタルク、貴様のやり方は相変わらず苛烈で、そして何よりも美しい!」
跪く将軍たちが、皇帝の異常な高揚に冷や汗を流す。
カインは立ち上がり、巨大な大陸地図の上に、自らの剣を突き立てた。
その先は、バルト領ではなく、その隣にある「魔導学園都市」を指していた。
「奴は必ずここへ来る。そこが、我ら転生者が再び相まみえる『円形闘場』となるだろう」
バルト領の夕暮れ。
ゼノンは一人、バルコニーで風に当たっていた。
前世で統一した世界。かつての自分が築き、そして腐り果てた秩序。それを今、自分の手で一度粉砕し、再構築している実感が彼を支配していた。
「落ちこぼれ、か。……ふん」
彼は右手を空に掲げ、魔力を凝縮させた。
指先に灯ったのは、小さな、しかし太陽よりも密度の高い純白の光。
「見ていろ、世界よ。私の咆哮は、まだ始まったばかりだ」
ゼノンの宣言とともに、その光が夜空へ向かって放たれた。
それは、古い時代の終焉を告げる狼煙であり、これから始まる凄惨な、しかし輝かしい「覇道」への祝砲であった。
——辺境の獅子は、ついにその牙を世界へと剥いた。




