13.勝者への過剰な恩賞
戦闘が終了して一時間。
平原には、二千もの帝国騎士たちの死骸が、武装を剥ぎ取られた状態で転がっていた。
バルト軍の五百名は、勝利の昂揚感よりも、帝国の精鋭を一人残らず屠ったという事実に対する戦慄の中にいた。
「——整列しろ」
ゼノンの声が響く。
返り血を浴びた兵士たちが、震える手で武器を納め、一箇所に集まる。
中央に立つゼノンの足元には、先ほど剥ぎ取ったばかりの帝国の武具、宝石、そして兵站部から押収した莫大な軍資金の入った箱が積まれていた。
「今日、お前たちは帝国の精鋭を殺した。これは事実だ」
ゼノンは積まれた金貨の箱を、一蹴りで開け放った。
黄金の輝きが、曇天の灰色の空の下で不気味に煌めく。
「ハンス、読み上げろ」
ハンスが一歩前に出た。彼の手には、戦闘中の各小隊の戦果を記したメモがある。
「一番槍、カトウェル出身の騎士トマス。敵騎兵十二名を討ち取った。……前代未聞の功績です」
名前を呼ばれたトマスという男が、肩を震わせながら前に出る。
ゼノンは無造作に、箱の中から両手いっぱいの金貨を掴み、彼の兜の中に叩き込んだ。
「これまでの人生で、見たこともない額だろう。……トマス、お前をバルト軍の『中隊長』に任命する。さらに、今回の戦果への報賞として、カトウェル領にある『銀鉱山』の利権の三割をお前に与える」
場が凍りついた。 金貨だけではない。
「領地の利権」という、本来なら一生をかけても手に入らない貴族の特権を、たった一度の戦いで、しかも元捕虜の兵士に与えたのだ。
「ぜ、ゼノン様……本当ですか? 私は、ただの……」
「お前は『ただの兵士』ではない。私を勝たせた『勝者』だ。……次、ハンス。功労者全員に配れ」
それからの光景は、戦場を祝祭へと変えた。
負傷した兵には、王都でも高値で取引される聖水が惜しげもなく与えられ、手柄を立てた者には帝国の最高級の甲冑がそのまま支給された。
さらにゼノンは、生き残った五百名全員に対し、「バルト直属騎士」の称号と、将来的な領地の分与を公約した。
「聴け、我が兵たちよ」
ゼノンは、黄金の山の上に足をかけ、全兵士を見渡した。
「私に従う限り、お前たちが金に困ることは二度とない。私を勝たせる限り、お前たちは世界の誰よりも豊かになれる。……私の敵を殺せ。その分だけ、お前たちの家には富が積み上がる。私についてこい。その一歩ごとに、お前たちは歴史に名を刻む『貴族』へと成り上がるのだ!」
沈黙。 そして、一人の兵士が喉を引き裂かんばかりに叫んだ。
「ゼノン様、万歳!!」
その声は連鎖し、五百人の狂熱的な咆哮となって灰色の平原を震わせた。
彼らの瞳から、先ほどまでの「人殺しの忌避感」は完全に消えていた。
今、彼らにとって帝国兵は「恐ろしい敵」ではなく、自分たちを豊かにするための「黄金を詰めた革袋」にしか見えていなかった。
「……恐ろしいお方だ」
ハンスは、狂喜乱舞する兵士たちを見ながら、一人独白した。
ゼノンは「恐怖」で逃げ道を塞ぎ、「過剰な利益」で魂を縛り上げたのだ。
この五百人は、もはや故郷にも、かつての道徳にも戻れない。彼らはゼノンという王がいなければ呼吸もできない、最強の「猟犬」へと作り変えられた。
ゼノンは、満足げに兵士たちの狂乱を見守りながら、自らも高級なワインを煽った。
「さて、カイン。……これで私の軍は、お前の鉄血騎兵団より遥かに『飢えた』獣になったぞ」
勝利を金と位に即座に変換する——。
その徹底した「厚遇」の噂は、帝国中に、そしてバルト領の周辺諸国に、瞬く間に「毒」のように広まっていくことになる。"




