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12.敗者への情けは不要

帝国領の国境付近。鉄錆の臭いが漂う「灰色の平原」にて、バルト軍五百と、帝国の先遣隊「鉄血騎兵団」二千が対峙した。


 帝国の指揮官は、歴戦の猛者として知られるバルカス将軍だ。


彼はバルト軍の布陣を見て、鼻で笑った。 「たった五百。しかも血の臭いも取れぬ新兵ばかりか。ゼノン・バルト、陛下が警戒されるほどの男とは思えんな」


 バルカスは形式的な「降伏勧告」の使者を送った。


だが、戻ってきた使者の手には、ゼノンからの返答として「斬り落とされた使者の右耳」が握られていた。


「——全軍、突撃! 一人も生かしておく心算はない!」


 激昂したバルカスの号令とともに、帝国が誇る魔導重騎兵が大地を揺らして駆け出した。  


彼らは全身に「物理無効」の障壁を纏い、魔法抵抗の極めて高い漆黒の甲冑を装備している。


並の魔法騎士団なら、接触した瞬間に肉片へと変えられるだろう。


「ハンス、予定通りに。……『網』を絞れ」


 ゼノンは冷静に、指先で空中に図形を描いた。    


突撃する騎兵団の足元、平原の泥土が不自然に沸き立った。  


ゼノンが事前に仕掛けておいた「重力沈下グラビティ・ダウン」の術式だ。


「なっ、馬の足が……沈むだと!?」


 自重と加速が仇となり、重騎兵たちが次々と転倒し、後続がそれに突っ込む。


混乱する帝国の精鋭たち。そこへ、ゼノンが育て上げた五百の新兵が襲いかかった。


 彼らは剣を振るわない。  


三人が一組となり、一人が敵の関節を魔導短銃で射抜き、一人が障壁を中和する触媒を投げつけ、最後の一人が剥き出しになった隙間に「熱線」の術式を注ぎ込む。


 それは武勇を競う「戦い」ではなく、家畜を処理する「作業」に近い光景だった。


「ひっ、やめろ! 降伏する! 武器を捨てるから——」


 一人の帝国兵が叫び、剣を放り出した。  


新兵の一人が一瞬、動きを止める。だが、その背後からゼノンの冷徹な声が飛んだ。


「殺せ。情けをかけた者から、私の軍を追放する」


 新兵の瞳に怯えが戻るが、それ以上にゼノンへの恐怖が勝った。  ザシュッ、と音を立てて帝国兵の首が飛ぶ。


「そうだ。敗者に必要なのは情けではない、死という名の解放だ」


 ゼノンは自らも前線に立ち、バルカス将軍の元へ歩み寄った。  


バルカスは瀕死の重傷を負いながらも、呪詛を吐く。

「……貴様、狂っているのか……降伏した兵を殺せば、帝国は……陛下は決して貴様を許さぬぞ……」


「許しなど求めていない。……バルカスと言ったか。お前たちの死体は、カインへの最高のメッセージカードになる」


 ゼノンはバルカスの胸元に手を置き、魔力を流し込んだ。  


バルカスの死体が、まばゆい光を放ち始める。


爆縮インプロージョン


 ドォォォン!!


 バルカスの遺体を核にした魔力爆発が、周囲の帝国兵を巻き込んで吹き飛ばした。  


二千の鉄血騎兵団は、一人の生存者も残さず消滅した。


 静まり返った平原で、血塗れの新兵たちは呆然と立ち尽くしていた。


自分たちが、あの「大陸最強」の一角を蹂躙したという実感が、ゆっくりと体中に染み渡っていく。


「ハンス。死体から使える武具を全て剥ぎ取れ。それらは全て、今日生き残ったお前たちの報賞だ」


「は、はっ……!」


「それと、帝国の旗を泥に塗って並べておけ。……カインが見に来る頃には、丁度いい『土産物』になっているだろう」


 ゼノンは返り血のついた顔を拭い、薄く笑った。    


敗者に情けをかけない。  


それは、敵に対しては「死」のみを、味方に対しては「勝利による絶対的な利益」のみを与えるという、ゼノンの残酷なマニフェストだった。


 この「灰色の惨劇」の報告を受けたレギオン帝国の宮廷は、かつてない激震に揺れることになる。


「——アスタルク。やはりお前は、そうでなくてはな」


 遠く帝都の玉座で、皇帝カインは独り、狂おしいほどの歓喜に肩を震わせていた。

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