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11.恐怖による初陣

三千の連合軍を壊滅させた祝杯の翌朝。


バルト家の広場には、祝祭の余韻を切り裂くような重厚な蹄の音が響いた。


 現れたのは、わずか十騎。


しかし、その一騎一騎が、これまでの地方貴族とは一線を画す威圧感を放っていた。


漆黒の甲冑に、真紅の外套。東の覇者、レギオン帝国の精鋭「鉄血騎兵団」である。


「バルト領主代行、ゼノン・バルト。我が主、カイン・レギオン皇帝陛下からの親書を届けに参った」


 使者の男は、馬から降りることなく書状を投げ捨てた。


 ハンスが激昂して剣に手をかけたが、ゼノンはそれを手で制し、泥の上に落ちた書状を拾い上げた。


 そこには一言、こう記されていた。 『旧き友よ、準備はできているか』


 ゼノンの口角が、わずかに吊り上がる。

(カイン……やはり貴様も気づいていたか。私の「やり方」をな)


「返事はこう伝えろ。『招待状は受け取った。手土産は貴様の首でいいか?』とな」


 使者の男の目が細められた。


周囲の温度が数度下がったかのような錯覚。


「……聞きしに勝る傲慢さだ。よかろう、死に急ぐ男の言葉として、陛下に届けてやる」


 帝国の使者が去った後、ハンスが青ざめた顔で進み出た。


「ゼノン様、正気ですか!? 帝国を相手にするなど、周辺諸国を合わせても勝負になりません。あそこは兵の数も、魔法の質も、我々とは次元が違います!」


「ハンス。次元が違うのではない。奴らは『戦争』をしているだけだ。……お前たちが今までやってきたのは、ただの『騎士道ごっこ』だ」


 ゼノンは、昨日の戦いで生き残った捕虜の中から、特に若く、まだ目の死んでいない新兵たちを五百人集めさせた。


「今日、お前たちは正式にバルト軍に組み込まれる。だが、その前に一つだけ儀式を行ってもらう」


 ゼノンは、カトウェル領で捕らえた「略奪や暴行を繰り返していた悪質な傭兵たち」百人を、広場の中心に引きずり出させた。彼らは縄で縛られ、絶望の表情を浮かべている。


「新兵諸君。武器を取れ。……こいつらの首を跳ねろ」


 場が静まり返った。  昨日まで農民や下級兵だった若者たちが、動揺に震える。


「な、何を……! 彼らは既に降伏した者たちです! 殺す必要がどこに……!」


 一人の少年兵が声を上げた。ゼノンは無言でその少年の前まで歩き、その頬を革の手袋で激しく打った。


「甘い。戦場に『必要』以外の理由は存在しない。こいつらを生かしておけば食糧を食い潰し、いずれ後ろからお前たちの喉を焼く。……殺すか、殺されるか。その二つしかない世界へ、私はお前たちを招待したのだ」


 ゼノンは冷徹な目で、震える五百人を見渡した。


「今ここで剣を握れぬ者は、去れ。二度と私の前に姿を見せるな。だが、私の下で『王』の兵として生きたいなら、その手を選別(殺し)で汚せ。……その汚れこそが、お前たちが二度と飢えず、二度と誰かに踏みつけられないための証となる」


 一分。長い沈黙。  


最初に動いたのは、かつてゼノンに指輪を与えられた若き騎士だった。


彼は無表情に歩み寄り、一人の傭兵の首を落とした。


 血が飛び散り、広場を赤く染める。  


それを合図に、一人、また一人と新兵たちが動き始めた。  涙を流しながら、吐き気を堪えながら、彼らは「人」であることを捨て、「ゼノンの刃」へと変貌していく。


 ハンスはその凄惨な光景を、身震いしながら見守っていた。

(ゼノン様は、彼らから退路を奪った。この血の儀式を経て、彼らはもうゼノン様以外の場所では生きていけない……)


「ハンス、見ていろ。これが『恐怖』による結束だ」


 ゼノンは、血の海の中で立ち尽くす新兵たちに歩み寄った。


「よくやった。お前たちは今、ただの人間から私の『兵』になった。……ハンス、この五百人に、昨日奪ったカトウェル家の最高級の肉と酒、そして銀貨十枚ずつを配れ」


 血の臭いと、肉の焼ける匂い。  


極限の恐怖の直後に与えられる、過剰なまでの「生」の悦楽。  新兵たちの瞳から光が消え、代わりにゼノンへの異常なまでの「執着」が宿り始めた。


「これよりバルト軍は、帝国への進軍を開始する。……地獄の底まで、私についてこい」


「「「ゼノン様、万歳!!」」」


 血に染まった五百人の咆哮が、バルト領の空を震わせた。  統一王アスタルクが、真の意味で「自身の軍勢」を手にした瞬間であった。"

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