表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

1/33

1.泥水の中の戴冠(転生と目覚め)

冷たい雨が、容赦なく頬を叩く。  鼻を突くのは、安酒の酸っぱい臭いと、湿った泥の土塊つちくれの香りだ。


「……酷いものだな」


 ゼノン・バルトは、ぬかるんだ路地裏で上体を起こした。  


指先一つ動かすだけで、全身を鋭い頭痛が突き抜ける。


視界は霞み、内臓はひっくり返りそうなほど不快だ。


ふと己の手を見れば、白く細い。剣を握ったタコもなければ、魔力を練り上げた跡もない、ひどく柔弱な手だった。


だが、その瞳だけは違った。


つい先ほどまで死の淵にあったはずの男の目は、数百年前に大陸を一つに束ね、神々すら恐れさせた軍事国家の主——統一王アスタルクの鋭利な光を宿していた。


(私は、死んだはずだ。宿敵カイルとの決戦。互いの胸を貫き、それで終わったはずだが……)


 流れ込んでくるのは、この体の持ち主——ゼノンとしての、あまりに無様な記憶だ。  


バルト領主の長男という地位にありながら、魔力量は平民以下。


高貴な儀式魔法一つ満足に扱えず、継母や異母弟からは「バルト家の汚物」と罵られる日々。


現実から逃げるように酒に溺れ、昨夜も酒場の裏で野垂れ死にかけたというわけか。


「……ふん。これほどまでに『無』の状態から始まるのは、悪くない」


ゼノンはふらつく足取りで立ち上がった。  

路地の奥から、下卑た笑い声が聞こえてくる。


「おいおい、生きてたのかよ。バルト家の『出来損ない』様よぉ」


 現れたのは、三人の男たちだ。


この街のならず者だろう。


手には鈍く光る短刀と、低級な魔導具の杖を握っている。


記憶によれば、この男たちに金を巻き上げられ、暴行を受けたのがトドメとなったらしい。


「まだ金を持ってるんだろ? 出しな。


死に損なった祝いに、俺たちが酒を奢ってやるからよ」


 男たちがじりじりと間合いを詰める。  


ゼノンは静かに、己の内側に意識を向けた。  

(魔力量は……確かに、失笑ものだな。前世の私の百分の一にも満たん)


 だが、ゼノン——アスタルクは、不敵に口角を上げた。  


今の世の魔導師たちは、魔力量の多寡を競い、大掛かりな詠唱で派手な火力を出すことしか能がない。


それは、戦場においては「無駄」の極みだ。

(魔法とは、軍事技術だ。一滴の魔力で、一人の敵を確実に、最も効率的に殺す。それが『真理』よ)


 ゼノンは、体内にわずかに残る魔力を練り上げた。  


大気を震わせるような詠唱はない。

ただ、指先に魔力を集中させ、極限まで「圧縮」し、針のような鋭利な形状へと変える。


「あぁ? 何黙ってんだよ。おい、やってまえ!」


 一人がナイフを突き出し、突っ込んでくる。

ゼノンは動かない。  ただ、指先をわずかに向けた。


「——穿て」


 シュッ、という小さな空裂音。

次の瞬間、突っ込んできた男の膝が、内側から爆発したように弾けた。


「があああぁっ!?」


 男は前のめりに転倒し、泥水を撒き散らす。


 残りの二人が呆然と立ち尽くした。何が起きたのか理解できていない。


ゼノンが放ったのは、初歩中の初歩であるはずの『魔弾』だ。


だが、それは本来の「火球」のような形ではなく、極限まで絞り込まれた、貫通力特化の不可視の針。


「何をした……!? 貴様、詠唱もせずに……!」


「詠唱? あのような無意味なダンスが、戦場で何の役に立つ」


 ゼノンは冷徹な一歩を踏み出す。  


泥だらけの服、酒の臭い。


しかし、そこから放たれる圧倒的な威圧感に、男たちは蛇に睨まれた蛙のように硬直した。


「次は、眉間だ」


「ひっ、ひぃい!」


 杖を持った男が、狂ったように魔導具を起動させようとした。


 だが、遅い。  ゼノンの指先から放たれた二発目の魔弾が、杖のコアを正確に射抜き、爆破させる。


「ぎゃあああ! 俺の、俺の手がぁ!」


「失せろ。今の私は機嫌が悪い」


 ゼノンの冷酷な声に、動ける二人は負傷した仲間を抱え、文字通り脱兎のごとく逃げ出した。


 静寂が戻った路地裏で、ゼノンは空を仰いだ。  

雨はいつの間にか止んでいた。


「魔力操作の精度は……指先一つでこれか。だが、鍛え直せば問題ない」


 彼は泥に汚れた上着を脱ぎ捨て、自身の屋敷がある方向を見据えた。

 そこには、彼を蔑み、追い出そうとしている「家族」たちがいる。


「アスタルクとしての統一は終わった。ならば今度は、ゼノンとして始めるとしよう」


 彼は確信していた。


かつて世界を制した「恐怖」と「恩賞」の統治。


それを再び、このぬるま湯のような世界に刻み込んでやるのだと。


 ゼノン・バルトの。  いや、再誕した王の、二度目の世界統一がここから始まる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ