4.“ヒロイン”を招待
side フェリシア
「どうぞ、私たちにはお構いなく。お続けになって」
ヴィアが、微笑みながら言う。
「用事があるなら早く言え!」
エリオット様が苛立ちながら言う。
「ふふ。アリー様が私たちと友達になりたいという噂を聞きつけましたが、お話が合わないと困るでしょう? ですので、会話の内容を聞かせてくださいますか? お邪魔はいたしません」
「え? 会話ですか? それは、その」
アリー様に動揺が走る。聞かれたらまずいことでもあるのかしら? アドリブは苦手なようね。
「困るの? 私たちと“お友達”になりたいというのは……嘘かしら?」
カルラ様が、首をかしげながら言う。
「本当です! でも、私……身分が、下だから」
“下だから”という被害者の盾。自分で口にしたその一言が、どれほど誰かの誇りを踏みにじっているのかも知らずに。
あなたの問題は身分ではなく、誠意のなさですわ――
「ちっ、アリーを困らせるなんて。皆、もう行こう」
エリオット様が席を立つ。
令息たちに促されアリー様も立ち上がる。ぎこちない所作。けれど、その背筋には「私は何も悪くない」という主張がにじんでいる。
気まずい空気がその場に漂い、視線があちこちから投げかけられる中、私はそれをすべて静かに眺めていた。
――さあ、ヴィア。どうするの?
「お待ちになって」
低く、よく通る声が広がった。アリー様がぴたりと足を止めた。背中が強ばっているのがこの位置からでも分かる。
「そんなに急いでお帰りになる必要はありませんわ。今日の授業は午前だけ……ちょうど、我が公爵家で午後からお茶を楽しもうと思っていたところですの」
ヴィアは優雅に、けれど一歩も引かない態度で、テーブルのそばに立ったまま微笑んでいた。
「え……?」
男爵令嬢が振り返る。その声には、明らかな怯えが混ざっていた。
「おっしゃっていましたわよね? “本当はお友達になりたい”と。でしたら、ちょうど良い機会ですわ」
その笑顔。美しい。完璧。けれど、その裏にある意図を、私は、はっきりと感じ取った。
「紅茶は、アリー様もお好きでしょう?」
ヴィアはしなやかに微笑むが、“拒ませない”圧が静かに伝わってくる。
「よろしければ、エリオット様……いえ、皆様もご一緒に、いらっしゃるでしょう?」
その声音は、あくまでも丁寧。どこまでも柔らかく。しかし、令息たちは、視線を交わし、一瞬にして黙り込む。
――うまいわ、ヴィア。
私は心の中で思わず唸った。その申し出は表面上はごく社交的なもの。けれど、実際は“逃がさない”という意志の塊。優雅に差し出されたその手は、微笑みの裏に罠を忍ばせている。
横にいたライラが、誰にも気づかれぬように、そっと小さく拍手を送った。
「素敵ですわ、オリヴィア様」
その囁くような声には、どこか愉悦すら滲んでいた。
「え、ええと……それは……」
男爵令嬢――アリー様の唇がかすかに震える。声に迷いが滲み、足もとはわずかに揺らいでいた。
拒めば、こう言ってしまうに等しい――「友情を望んだのは嘘でした」と。しかもそれを、今この瞬間、数十人の生徒が見守るこのサロンで、白日のもとに晒されることになる。
けれど、受ければ――今度は自らヴィアの舞台に上がることになる。ヴィアが手綱を握る場所へと。
――さて、どちらを選ぶのかしら。
私は息を潜め、答えを待った。
男爵令嬢が一歩、後ずさろうとした――まさにその瞬間。その動きを、そっと制したのは、ヴィアではなかった。アリー様の隣にいた、ヴィアの婚約者――エリオット様だった。
「よかったじゃないか、アリー」
アリー様が思わずといった様子で振り返る。
「え……?」
「ずっと“お友達になりたい”って言ってただろ? オリヴィアがそう言っているんだ。行ってみればいいじゃないか」
その声には責める色も、見下す響きもなかった。ただ、まっすぐで、むしろ少し嬉しそうな――そんな温度だった。
アリー様の肩が小さく揺れる。
「でも……私、失礼なことをしてしまって……オリヴィア様に、もし……」
「誰にだって、間違えることはあるさ」
エリオット様は軽く肩をすくめた。
「いい機会だ。アリーの良さがわかったら、これから、過ごしやすくなる」
アリー様が唇をかみしめる。その目に、かすかな戸惑いと……苛立ちのようなものが宿っていた。
「アリーひとりで行かせたりしないよ。俺たちも一緒に行く。だから、安心しろ」
――彼らは、彼女の“逃げ場”を絶った。いい、動きをするわね。
「守ってくれるの?」
「もちろんだ。オリヴィア、アリーは甘いお菓子が好きなんだ。お茶会には、用意してあるんだろうな?」
ヴィアが小さく微笑む。
「もちろんですわ。甘いだけではなく、少しほろ苦い菓子も取り揃えておりますの。お好みのものを、どうぞ見つけてくださいませ」
エリオット様は笑い、アリーの背中をぽんと押した。
「な? アリー、行ってみよう」
「……はい」
彼女の返事は、小さく消えてしまいそうな物だった。
私は静かに息をつき、次の舞台に期待を膨らませていた。