37.舞台の終幕は花びらが舞う中で
私たちはリズムに乗って、ゆるやかに、そして優雅に踊り始める。
足元をかすめるように滑る私のドレスが、空気を巻き込みながらふわりと広がる。その布の波に導かれるように、淡い光が舞い上がる。
――精霊たちが、踊りに呼応するように現れたのだ。
「ふわ~、フェリ、きれい~!」
「お花、降らせちゃおうかな~!」
宙を舞う小さな精霊たちが、金糸銀糸のような光をまといながら、くるくると回転する。
彼らの小さな手からこぼれるのは、光の粒子と、色とりどりの花びら。
ゆるやかな渦となって私たちの周囲を取り巻き、まるで夢の中に迷い込んだかのような光景を作り出す。
天井のシャンデリアが反射する光と、精霊の魔法が放つきらめきが重なり合い、夜空から星が降るようだった。
音楽と光と花の祝福に包まれて、私は心の奥底まで透き通るような感覚を覚える。
そんな中、静かに届いたルキウス様の声。
「だが、二度も、近くに精霊が現れたのだ。たとえ姫でなかったとしても、ベス嬢にも素質はあったと思うんだが」
かすかな皮肉と、それ以上に深い哀しみを含んだその言葉に、私は目を伏せる。
「――間違ってしまったのでしょうね。権力とは、時に、人の真価を見誤らせるほどに、恐ろしいものですわ」
私たちは小声で言葉を交わしながら踊る。周囲の観客たちは、精霊に釘付けとなり、幻想的な雰囲気にざわめきが広がる。
「あれが精霊姫……本物の」
「ドレスが光っているわ」
「精霊が光らせているのよ」
囁きが、波紋のように広がっていく。人々の視線が、畏敬と感嘆の入り混じった眼差しとなって私たちに注がれる。
それは、舞台の上に立つ役者たちが喝采を受けているかのような錯覚だった。
光に包まれながら、ルキウス様が再び囁く。
「もし、私がその権力に溺れたら、どうする?」
一瞬だけ、時間が止まったような気がした。けれど私は、自然と笑みを浮かべていた。
「そのときは、“悪役令嬢”の私が、あなたを思い通りになどさせませんわ」
「はは、頼りにしているよ」
ダンスが終わり、私たちは、ゆっくりと視線を交わして、会場を見渡し礼をする。
周囲には、光と花と音楽――そして、惜しみない拍手。
「せっかく王太子妃教育が終わったのに、また忙しくなりそうですわね」
思わず漏れた本音。
「フェリの負担にならないように、私からも国王陛下に言っておくよ。もちろん、精霊が指摘した者たちを許すつもりもない。任せておいてくれ」
隣から返ってきたルキウス様の声は、いつものように穏やかで、優しさに満ちていた。
「助かりますわ。ありがとうございます」
私はそっと微笑んだ。
やがて、舞踏会の終わりが近づき、各国から招かれた賓客たちが、次々に中央へと集まってくる。舞は終わっても、この夜の“幕”はまだ下りない。
今から始まるのは、政治と信頼を紡ぐ“第二幕”――外交の場だ。
「精霊姫様。我が国にも、ぜひ遊びに来ていただけますか?」
隣国の王子が声をかけたその瞬間、ルキウス様が軽やかに一歩踏み出し、間髪入れず応じた。
「ああ、その時は私も共に参ろう。大切な婚約者だ」
その一言に、場の空気がやわらかくほどける。周囲の使節や騎士たちが微笑みを交わし、小さな笑いが波のように広がった。
「作物の育ちが悪く、困っている地域があるのです。ぜひ、精霊様をお連れいただけませんか?」
その声に、空中に漂っていた小さな精霊がぱっと明るく輝いた。
「ぐんと立派に成長すればいいのね? 得意!」
きらきらと光を散らしながら飛び回るその様子に、まわりから微笑みがこぼれる。
愛らしく、それでいて頼もしい。精霊たちがいるだけで、未来に希望が差し込むようだった。
そして――そのとき、舞踏会の終わりを告げる音楽が静かに鳴り響いた。
低く、厳かに、しかしどこか柔らかく。
ルキウス様に促され、私は静かに一歩、前へと踏み出す。ドレスの裾を指先で持ち上げ、整え、光の中心へと進む。
そこは、未来の王太子妃として、そして“精霊姫”として、人々の前に立つ場所――
私が責任を担うべき舞台。
深く一礼し、息を整えて、静かに口を開いた。
「本日は、お越しいただき誠にありがとうございます」
一語一語に、想いを込める。
「私は、未来の王太子妃として、皆様にこうしてご挨拶申し上げる日が来たこと、深く光栄に存じます」
背筋を真っすぐに伸ばし、顔を上げる。
「そしてもう一つ。私は、“精霊姫”として、精霊たちの導きを預かる者となりました。小さき声を聞き、民の暮らしの光となれるよう、これからも誠心誠意、努めてまいります」
その瞬間だった。
天井から、そっと光の粒が舞い降りた。
やわらかな風がふわりと吹き抜け、精霊たちが静かに、くるくると踊り始める。
言葉に応じて、彼らが応えてくれた。
「困っている地域があれば、お声を届けてください。精霊たちは、喜んで力を貸してくれるでしょう。私は、その橋となります」
淡い光が舞い、天井に咲いた光の花から、ふわりと花びらが落ちる。
それはまるで、祝福そのものだった。
「どうか、これからのこの国と、その精霊たちとの未来を――祝福してくださいませ」
最後に、私は深く、静かに礼をする。
会場は、一瞬、息を呑むように静まり返った。
そして――
嵐のような拍手が沸き上がった。歓声も、感嘆も、涙も、私に向けられている。
私は、ただそのすべてを、静かに、真っ直ぐに受け止める。
未来の王太子妃として。
そして、精霊姫として。
それが、私の務め。光に包まれながら、私は静かに微笑んだ。




