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33.光は、彼女を越えて

 お披露目会当日。


 この国の威信を賭けた、最高のお披露目の場。


 一つのミスも許されない。準備の日々は、想像以上の忙しさだった。




 次々に訪れる来賓への挨拶のため、その国の文化や慣習、敬語の使い分けを事前に頭に叩き込まなければならない。


 失礼があってはならないのはもちろんのこと、王太子の婚約者としての「品格」を見られているのだから。


 前日の午前はお茶会の応対。


 相手の話に耳を傾けつつ、必要なときは優美に返し、時には場を導く。笑顔ひとつとっても油断はできない。「完璧な微笑み」は一朝一夕では身につかないのだと、改めて実感した。



 午後からは、ルキウス様とお披露目会の細かな段取りの最終確認。


 来賓の動線、王族の立ち位置、精霊姫の登壇時間、演奏と舞踏の切り替え。すべてが滞りなく進むよう、幾度も担当者と打ち合わせが重ねられた。



 その合間を縫って、会場の下見も数回。


 そう。私はただの客ではない。



 王太子の婚約者という立場は、見られる存在であると同時に、“支える”ことも役割なのだ。


 衣装の打ち合わせにも気は抜けない。ドレスひとつ、髪飾りひとつ、「王太子の隣に立つ者」として国を代表する自覚を持たねばならない。


 軽薄に見えず、だが地味すぎてもいけない。慎ましく、それでいて華やかに、絶妙な匙加減が求められた。


 そして、何より大切なのは、「誰よりも冷静でいること」


 王族の一員となるのだもの。取り乱してはならない。驚いても、憤っても、狼狽えても――その感情を、表情に出してはならないのだ。


 そう、だから。


 忙しすぎて目が回りそうな日々であっても、気は抜けない。



 当日の今日も、国王陛下たちは儀礼上ご自由に動けないため、私とルキウス様が会場を見渡し、万が一にも不測の事態が起きた場合に備えて、常に目と意識を巡らせておかなければならない。


 言うまでもなく、私の当然の務めであり、ルキウス様の肩に日々課せられている責任のごく一部にすぎない。


 けれど。



「小説の中の“王太子”たちは、こうした格式ある場で、しばしば突飛な行動に走るのがお約束なのよね」




 独り言とともに、ため息が出た。


 場の中心で突然、婚約者に向かって婚約破棄を言い渡し、そのうえ、泣くヒロインを抱き寄せたりして。


 読者として楽しむ分には結構。


 でも、現実にそんな王太子がいたら、国の威信はどうなるのかしら?


 私の隣にいるルキウス様に目をやれば、私の何倍も忙しかったであろう殿下が、一片の疲れも見せず、静かに、穏やかに微笑んでいらっしゃる。


 さすがだわ。





「さあ、フェリ、行こうか」



 すっと差し出された手に、私は迷わず手を重ねた。そのまま、会場の扉がゆっくりと開いていく。


 目に映るのは、飾り立てられたシャンデリアと、煌びやかな衣装の来賓たち。


 あら。ヴィアとライラもいるわね。




 そして、もちろん主役であるベス様も。



 だがベス様は、不機嫌な顔でこちらを見ている。ふふ、無理もないわ。三日前、あの時のことは、私も忘れられない。




「え……私の、エスコートはルキウス殿下ではないのですか?」




 と、驚愕の顔をしていたベス様。



 当然でしょう。ルキウス様には婚約者の私がいるのに、婚約者以外をエスコートするなんて、あり得ないわ。共にダンスを踊ることとエスコートされることは、別よ。


 もしかして、当然知っているだろうと思っていたから、誰も教えてあげなかったのかしら?



 いいえ、きっと教えていたのでしょうね。都合の悪い情報って、なかなか入ってこないもの。



 ベス様は、悔しいのね。だからって注目されているだろう今日のお披露目で、そんな顔をするだなんてーー。



 ふふ、お披露目会が、始まってしまったら"悪役令嬢"としての私の見せ場は少なそうだから、ここはひとつ、勝ち誇ったようにベス様に向かって微笑んでおきましょうか。




 そのとき、会場の扉が再び大きく開き、国王陛下たちが入場された。


 場の空気が一層引き締まり、重たい静寂が流れる。


 そして、ついに――




「ただいまより、精霊姫ベス様のお披露目を始めます」



 会場中に響き渡る声。



「本日は、精霊姫様のご威光を、皆様にお披露目いただきます。精霊姫様がこのアクルム石に触れますと、周囲に存在する精霊たちが姿を現し、さらには声まで聞こえるようになるのです!」


 どよめきが起きる。




「精霊が、見られるの?」

「本当に? 声まで聞こえるなんて」

「なんて神秘的なのかしら。精霊姫の発見は、約100年ぶりと聞きましたわ」

「精霊姫様は、以前お菓子の話を精霊とされたとか……」

「可愛らしいわ!」

「今日はどんな話が聞けるのだろうか?」



 人々が興奮と期待の声を上げる中で、庁官長が一声。



「静粛に。では、精霊姫様。どうぞ、こちらへ」


「はい」



 ベス様が静かに進み出た。



 精霊に愛され、祝福を授かった人間は、豊かな自然の土地に現れ、国に安寧と繁栄をもたらす、と古くから語り継がれてきた。


 だがその精霊は、愛された当人の目にも映らぬ存在。ゆえに、選ばれし者すら自らの特別さに気付かぬことがある。


 遠い昔、まだ「アクルム石」が発見されていなかった頃――。


 精霊に愛された者が人々に粗末に扱われたことにより、精霊のその怒りが天地を揺るがし、災厄を呼んだと伝えられている。


 やがてアクルム石の存在が知られるようになり、人々はようやく精霊姫を見つけ出し、保護する術を得た。愛し子たちは、皆、精霊たちから姫と呼ばれていた。


 恵まれぬ境遇にありながらも、天変地異が起こる前に保護されたベス様――。そのことは、大いなる幸運であったと言えるわ。




 ベス様は、壇上の中央に置かれた大きなアクルム石に指先で触れた。


 その瞬間。


 ベス様の周囲に、淡い光がふわりと舞い始めた。


 光は揺らめきながら空中で踊り、やがて小さく、愛らしい姿へと変わっていく。





「まあ……!」




 小さな手のひらに載るほどの体。透き通る羽が背中に生え、目を瞬かせながら空を舞う様は、まさに絵本に描かれた精霊そのものだった。



 それだけではなかった。


 窓から吹き込むやわらかな風と共に、さらに多くの精霊たちがふわり、ふわりと舞い降りてくる。


 光の粒が、空気の流れに乗ってひらひらと集まり、ベス様のもとへと吸い寄せられるようにーー



 あら? 




 アクルム石に触るベス様のちょうど手に届く範囲の空間の中でしか精霊は見えていないのだが、精霊の飛んでいる流れが……。




 そう、彼らの動きには、ベス様でない明確な何かを目指しているような“流れ”がある。


 精霊姫であるベス様の周囲を通り過ぎて、そのまま。





 え? 私の方へとまっすぐに飛んできている?





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