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31.幕間 悪役令嬢の花と棘

学院のサロン。紅茶の香りがほんのりと立ちのぼる中、私はカップをソーサーにそっと戻しながら呟いた。



「……何がしたかったのかしら、ベス様」



 窓辺から差し込む柔らかな陽光が、この優雅な午後の空気によく似合っていた。けれど、口にのぼる話題は、あまりにも俗っぽい。




「この記事から判断するに、人気取り、でしょうね」



 ヴィアが新聞を手にしながら、抑揚の少ない声で言う。彼女の細い指先がなぞる紙面には、ベス様の姿が刷られていた。


 慈愛に満ちた笑みを浮かべながら、子供に手をかざす精霊姫――ベス様。



「パフォーマンス、というのが一番しっくりくるわね。最近ことごとくやられているから、フェリが行っている孤児院の子を手懐け、精霊姫らしい祝福で、民の関心を引きたかった。そんなところじゃない? お披露目の前の話題作りよ」



 ヴィアがわずかに口角を上げた。


 誰の入れ知恵かしら。杜撰ね。



「でも、ベス様だけが悪いとも限りませんわ。その場には庁官長もいたのでしょう? 子供達と遊ぶ、掃除や調理を手伝うとか、もっと自然で誠意ある関わり方もあったはずですのに。なぜ、祝福という“特別な演出”しか選ばなかったのでしょうか」



 ライラが少し眉をひそめながら言った。



「子供達と遊ぶとか……まあ、そんなことをしている令嬢なんて、フェリくらいのものよ」



 ヴィアが、少し考え込むような声で言った。そのとき、ライラがふと新聞から目を離し、ぽつりとつぶやいた。




「あんなに腹黒そうなのに、精霊がベス様を選んだのですよね。不思議ですわ」


「ええ、確かにそうね」



 ヴィアが頷き、続けた。



「それに苛立っているのが私たちから見ても分かるほど。でも、それを見て精霊たちが怒りださないなんて、少し奇妙よね。もっと反応しても良さそうなのに。急な雷雨とか、食器が落ちるとか、そんな騒ぎが起きるとばかり思っていたけど、それすらないなんて」



 精霊は感情に敏感な存在。姫の心が乱れれば、風が荒れ、花が萎れる――そう聞いていた。


 でも



「きっと、私の“言い回し”が絶妙すぎて、精霊たちも誰が悪いのか判断できないのではなくて?」



 私は微笑んだ。自分の声が、ほんの少しだけ誇らしげに響いたのが、自分でも分かった。



「ふふ。精霊たちを惑わせるだなんて、フェリシア様、さすがですわ。それで最近の噂、ご存じです?」



 ライラが声をひそめ、いたずらっぽく笑った。




「ええ、楽しみにしていたところよ。私の行動が、どれほど歪められているのかしら」


「“孤児院の子供を使って精霊姫に危害を加えた”とか、“後から現れて精霊姫の成果を奪った”とか……」


「なんですって……私のことはともかく子供のことを、そんなふうに言うなんて」



 私のことをどう言おうと構わない。けれど、あの子たちは違う。



「ええ、私も同感ですわ。でも、この新聞のおかげで、その噂はあまり広がっていないようですの。ベス様、少し焦っているとか」




 ライラが紙面を示す。


 そこには、ベス様の祝福の瞬間と並んで、私が子供たちと遊び、差し入れたお菓子を一緒に頬張る姿が掲載されていた。


 ああ――やっぱり、見られていた。あのときの視線は、記者だったのね。記事の掲載許可は、おそらくお父様が通したのでしょう。



「ふふ。ヴィアが言った通り、貴族令嬢らしい振る舞いとは到底言えないけれど――」


「でも、好感を持っている方は多いようよ」



 ヴィアが言葉を継ぐ。




「フェリシア様が十年以上も通っているという院長のインタビューもありますし、たった一日のパフォーマンスよりは、よほど説得力や好感度がありますもの」


 ライラが、嬉しそうに微笑んだ。



「それなら何よりだわ」




 私は穏やかに応じた。ほんの少し、胸が温かくなったのを感じながら。




「まあ、それが“成果の横取り”に見えるのかもしれませんけれど」


「横取りされるほどの“成果”――あったのかしら?」


 くすっと笑うと、二人も小さく肩を揺らして笑った。




「お披露目で、どう“挽回”しようとしているのか、見ものですわね」



 ライラが紅茶を口に運びながら言う。



「お父様の話では、精霊庁がずいぶん熱心に、ベス様を王太子殿下の伴侶にと推しているそうですのよ。まるで、それがもう決まっていることかのように」



 ヴィアが、呆れたようなため息をついた。



「精霊庁は、あの方が通常の令嬢教育もまともに終えていないこと、知らないのでしょうね。呆れるわ」



 私たちは視線を交わしながら、同時に肩をすくめた。




「ところで二人とも、お披露目会には来るのでしょう?」


「もちろんですわ。楽しみにしていますもの。ただ来賓が多いでしょうし、フェリシア様の“悪役令嬢っぷり”は、少し封印ですわね?」


「どうするフェリ? 小説なら、“悪役令嬢”は“婚約破棄”に向かうのが定番よ」




 まあ、ヴィアったら。




「ルキウス様がそんな愚かなことをなさるとは思えませんけれど。でも、せっかくの舞台ですもの。悪役令嬢っぽいことはしてみたいわ」


「まあ、楽しみ。ええ、私は見逃しませんわよ」




 三人の笑い声が重なる。上品な茶器の音に混じって、それは風に揺れる木々の音のように心地よかった。



 私はカップを手に取り、もう一度そっと微笑んだ。


 お披露目の日は、もうすぐだ。








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― 新着の感想 ―
令嬢教育どころか村娘として最低限の躾すらまともにされてないんだよなぁ・・・
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