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3.オリヴィアが舞台に上がる side フェリシア

side フェリシア




「いよいよね、ライラ!」



 ヴィアの晴れ舞台を前に、私はひそやかに声をかける。けれど、抑えきれない高揚がにじみ出てしまう。頬にかかる髪を払いながら、ちらりとサロンの方へ視線を送る。



 午後の日差しがステンドグラスを透かし、学院の一角をまるで劇場のように彩っていた。私はほんの少し背筋を伸ばした。




「そうですわね、フェリシア様。緊張してきました」



 ライラは私の隣で、柔らかく微笑んだ。



「ところでフェリシア様……その、オペラグラスは?」



 ふいに向けられた問いに、私は胸元の細工入りオペラグラスをそっと掲げて見せた。



「演劇を鑑賞するなら、これがなくては。遠目では、登場人物たちの表情まで読み取れませんもの」


 

 これで準備は、完璧よ。


 品よく微笑むと、ライラは明らかに困った顔をした。



「……怪しいからおやめになった方がよろしいかと」


 

 怪しい?



 私は、思わず辺りを見回す。たしかに、他の令嬢たちの視線が、ちらちらとこちらに向いている。


 サロンで、オペラグラスは、やり過ぎだったかしら。


 私は小さくため息をつき、オペラグラスをしまう。



「それより、フェリシア様。できるだけ目立たないよう、もっと近くで観察いたしましょう? 台詞を聞いてこそのお芝居ですわ」


「ええ、そうね! そうしましょう」



 私たちは身を屈めるようにして、柱の陰の席、会話の届く位置へとそっと移動した。そこで目に飛び込んできたのは、サロン中央に集う令息たちと、彼らに囲まれる令嬢の姿。


 そして、そこへ静かに歩み寄るヴィアと令嬢たち。


 彼女たちが近づくその先には――男爵令嬢、アリー様の姿があった。


 


 ***



「え? オリヴィア様……たち? なぜここに?」




 アリー様が怯えたように声を上げる。震える声、潤んだ目。まるで泣き出しそうな子猫のよう。


 これは……練習を重ねているわね。抑揚のつけ方も、間の取り方も実に堂に入っているわ。



「なんだ、オリヴィア。何か用か?」




 ヴィアの婚約者であるエリオット様が、警戒したようにヴィアに向けて声をかける。ヴィアはその言葉に一言も返さず、ただふわりと微笑み、涼やかな眼差しを向けた。



「……怖いです、エリオット様。私、また何か言われるのかと……。この場にいるのが、身分不相応だって……思われているのかもしれません」


「大丈夫だ。俺たちが、何も言わせないから安心しろ」


「……っ、本当? 嬉しい!」



 エリオット様がそっと彼女の肩に手を添える。アリー様は俯いて、小さく震えるように――けれど、その姿すらも完璧に作られていた。


 見事なまでの“悲劇のヒロイン”。


 すごいわ、器用な子ね。




「私、本当は……皆さんと、お友達になりたかったの。でもーー」


「でも、“嫌だ”って言われたんだろ?」


「……直接はいわれていないの。でも、お友達のみんながきっとそうだって言うから話しかけにくくて。そうよね、私、平民だったから……」


「そんなの、関係ない!」



 ええ、関係ありませんわね。ヴィアたちに話しかけにくいけれど、エリオット様たちには話しかけられた、そういうことでしょう?



「でも……いいの。エリオット様たちが、代わりに友達になってくれたから」



 アリー様が微笑む。その顔はとても儚げで、けれど、目元の奥に見えるのは――勝者の余裕?


 ――やるわね。けれど。


 私はひそかに感心しつつ、視線をヴィアに移す。


 彼女の唇が、ほんの少しだけ上がった。けれど目は――まったく笑っていない。沈黙を守るヴィアたちに、ついに痺れを切らした令息のひとり、ランス様が声を荒らげた。




「……っ、なんなんだよ。さっきから、何も言わずに……そんなところで三人、突っ立って……怖いんだよ!」


 確か子爵家のご子息で、感情の起伏がやや表に出やすい方と記憶している。


 その声音には苛立ちというよりも、戸惑いと恐れが混ざっていた。静かに動じぬ三人の姿に、彼の神経がもたなかったのね。


 けれど、その問いに対してヴィアはすぐには答えなかった。微かに首を傾げ、まるで不思議なものを見るように瞳を瞬かせ――それから、やわらかく微笑む。



「“何も言わせない”とおっしゃるから、お手を煩わせないように黙っていたのですわ」



 その声は、耳に心地よいほど静かだった。けれど、その奥にある冷たさは明確だった。微笑んでいるのに、ひたりと胸元に氷を押し当てられるような、そんな感覚。


 間を置かず、次に声を上げたのは――



「そうですわ。どこに立とうと、私たちの勝手。あなた方がよく言う“自由”という言葉、私たちも使ってもよろしいでしょう?」



 それはランス様の婚約者、カルラ様。



 透き通るような声には、揶揄がほどよく混ざっていた。彼女の言葉には、日頃“貴族の子息としての自由”を笠に着て好き勝手をしてきた令息たちへの、鋭い皮肉が込められている。


 そして――最後に静かに口を開いたのは、伯爵家の令嬢、クラリス様。



「父に言われているのですわ。“婚約者と昼食を共にしろ”と。でも、そちらにその気がないようですので……せめて同じ空間にいようと思いまして」



 理知的で穏やかな声音。冷静な口調は、かえって真意を鋭く際立たせる。彼女の発言は、場の空気にぴりりと緊張を走らせた。


 ――そして、サロンがざわめく。




「まあ、あれは、噂の方々?」

「何か始まるのかしら……」

「けれど、婚約者を立たせたままなんて……失礼じゃなくて?」





 観客席がざわつく。さあ、物語の幕が上がったわ。





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