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18.幕間 ーティータイムー sideフェリシア

sideフェリシア



 ライラの家に招かれ、陽のよく入るサロンの窓辺で、これまでの話をゆっくりとお茶を飲みながら聞いていた。




「すばらしいわ、ライラ」




 拍手では足りず、思わず立ち上がってしまった。スタンディングオベーション。その興奮は抑えきれなかった。


 ライラは微笑んだ。芝居のカーテンコールに応じる女優のように、軽く首を傾けて優雅に礼をする仕草まで見せてくれる。





「お楽しみいただけてよかったです、フェリシア様」


「それにしても“駆け落ち”ね。家を出るとは聞いていたけれど……そうくるとは思わなかったわ」




 私が椅子に座り直すと、ヴィアの声があきれたように響いた。ティーカップを持った手をそっと傾けながら、彼女はライラを見る。




「ふふ、オリヴィア様、大っぴらに駆け落ち宣言する人など、いませんわ」



 その通りね。


 ライラの言葉に思わず笑ってしまった。言っていることは正しいのに、どこか芝居がかっていて面白い。




「お相手がオスカーというのにも驚いたわ」



 私はちらりとカップ越しに彼を見た。


 控えめで、影のようにライラの隣に立っている。給仕の手に迷いはなく、すべての動作に一切の無駄がない。紅茶が流れ落ちる音さえ、楽器の演奏のように洗練されていた。




「オスカーは、幼少の頃に侯爵家に見習い執事として来ましたの。3つ年上ですので、もう学院は卒業しましたが、優秀なのですのよ」




 知っているわ。確か……主席だったはず。


 学院で一番の才覚を持つと噂されていた生徒。だからこそ、ライラの専属執事になると聞いたとき、皆が耳を疑ったのだ。彼にはどんな未来だって選べたはずなのに。




「あの家での味方は、オスカーだけだったわ。『幸せにするから、ついてきてほしい』そう言ってくれて。平民になったら皆さんに会えなくなってしまいますけど、二人で商会を立ち上げる予定でしたから、ご贔屓にしていただこうかと考えておりましたわ」



 ふふ、まったく、ちゃっかりしているわ。


 けれど、それがライラらしいとも言えた。彼女の話を聞きながら、私はそっとソーサーの上にティーカップを戻した。




「それで、どこに駆け落ちする予定だったの?」


「エルムヴィルト街ですわ」


「……王都じゃない」




 ヴィアが呆れたように呟く。


 そうよね? 駆け落ちって、もっとこう……辺境とか、国外とか、星を見ながら手と手を取り合って逃げるような、そういう“ロマン”を想像していた。


 けれどライラは当然のように、紅茶を口に運びながら言い放った。




「駆け落ちって、田舎や国外に行くって誰が決めたのです? 私、王都生まれの王都育ちですのよ。便利な王都を、あの人たちのために捨てて、不便な暮らしだなんて――絶対に嫌ですわ」




 正論ね。まるで教本の一節のように正しく、そして残酷なまでに実利的。しかもそれを、笑顔で言ってのける。




「まあ、接点がなければ見つかりようもないかしら?」


「あの人たちに干渉されず、爵位も商会も従業員も、そのままそっくりいただけるのなら、これに越したことはありませんわ。資産は減りましたが、概ね思い通りにいって、よかったです」



 ライラのふんわりした物腰や、カップを持ち上げる繊細な指先からは想像もできない、その芯の強さと行動力。素晴らしいわ。



「オスカーはそれでいいの?」




 自然と、そんな問いが口をついて出た。


 あまりにも静かで落ち着いた佇まいの彼に、ほんの少しだけ確かめたくなったのだ。ライラの選んだ道を、彼は本当に共に歩む覚悟があるのかと。


 オスカーは、一瞬も間を置かずに頷いた。




「はい。私は、お嬢様がどのような道を選ぼうとも、それに見合った能力を発揮できるよう、常に準備しております」




 その声音には、誇張も演出もなかった。




 ただ事実を淡々と述べるだけ。けれどその一言で、彼の覚悟と忠誠の深さがはっきりと伝わってくる。まったく、さすがライラが選んだだけあるわ。完璧すぎて、隙がない。この執事こそ、小説の中から抜け出してきたようだわ。



 ライラが紅茶を一口啜ってから、少し得意げに笑った。けれどそれが嫌味に見えないのは、彼女が心の底から満足している証だから。




「でも、家族を領地で支援するのは……なぜ?」




 静かなタイミングで、ヴィアが問いを挟んだ。


 ライラはその問いに、用意していたかのように自然に応じた。




「支援と言っても、村でギリギリ暮らせるだけの支援です。下手に何も持たせずに市井に解き放ち、借金にまみれ、犯罪に手を染めるとなったら迷惑ですもの。私が爵位を継ぐのであれば、ね」



 その声音に感情はなかった。ただ淡々と、論理的に話すのみ。




「リリスが家を継いだとしたら、我が侯爵家は、長くはなかったように思いますわ。どの道、皆、平民となっていたでしょう」




 ライラから自然と、口からこぼれたのはそんな言葉だった。確かに、もし、リリスが家を継いでいたとしたら――家の名も、従業員も、あっという間に振り回されていたでしょうね。


 きっと彼女に向いていたのは、舞台の上でキラキラと輝く役だけだった。




「さて、次はフェリシア様ですわね」



 ライラの声に、私は一瞬だけ息を呑んだ。スポットライトが私に向けて当てられたような気分。



「フェリ、本当に大丈夫? ちょっと心配だわ」




 ヴィアが隣から手をそっと取る。柔らかくて、少し冷たい指先が、じんわりと温かさを伝えてくれる。心配性ね。




「大丈夫よ。ライラの話を聞いて、いい刺激になったわ。見て」




 私は静かに、準備していた小冊子を取り出してテーブルの上に置いた。白い表紙には文字が刻まれている。自分で言うのもなんだけれど、見た目はなかなか素敵に仕上がった。



「これは?」


「各小説の“悪役令嬢”の台詞をまとめたものよ。状況別に分類して、使いやすくしてあるの」




 ページをめくれば、どのシーンでどんな台詞を言えば効果的か、リストのようにまとめてある。怒り、嫉妬、皮肉、嘲笑……各感情のラベルまで付けてある我ながら本気の一冊。




「すごいです!!」



 ライラが目を丸くする。宝石を見つけた子どものように。




「フェリの能力の、無駄遣いね」



 ヴィアが呆れ混じりにため息をつく。




「でも、フェリシア様、素晴らしいですが、これを瞬時に使えないと意味がありませんわ。例えば、精霊姫が王太子色のドレスを着ていたら、なんと言いますか?」




 私は紅茶のカップを手に取り、優雅に口元へと運びながら微笑んだ。間髪入れずに応える。



「“ご自分で選ばれたの? 勇気があって感心いたしますわ”」



 どう?



「それっぽいですわ。では、次。王太子に近づきすぎる精霊姫に一言」




 静かに、けれど確かな声で、台詞を紡ぐ。




「“勘違いなさらないで。殿下はお優しいから、誰にでも同じように微笑まれるのですわ”」


「フェリ、意外と様になっているわ」




 ヴィアの愉快そうに言う。カップを置き、私は小さく微笑んだ。




「そうでしょう。私の場合、王太子妃になる者として品位を落とさないように、“ヒロイン”の悪役になるというハードな役どころ。でも、見事演じて見せるわ」





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