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10.ライラが舞台に上がる side ライラ

side ライラ




 異母妹、リリスの部屋の扉を勢いよく押し開けた。私の婚約者、ダリオがまっすぐこの部屋に来たことは分かっている。


 バタンと音を立てる扉に、部屋の空気が一瞬で凍りつく。




「これは、一体どういうことかしら?」




 わざとゆっくりとした口調で、眉ひとつ動かさず、仲睦まじい様子でソファに並んで座っている二人に問いかける。


 声は静かに、けれど棘を含んで。




「あっ、お姉様……!」


「ライラ、なんだ。ノックもなしに入ってくるとは!!」


「ノック? ふふ、私が詫びるべきかしら? 婚約者でもない男女が、密室で二人きりだなんて。いいえ、たとえ婚約者同士であっても、軽率に過ぎる振る舞いですわ!」


「た、ただ、勉強を教えていただけだ」


「そうですわ、やましいことなど、何も」





 言い訳は、揃いも揃って似たようなもの。ソファに並んで腰掛けるその姿が、何より雄弁に語っているのに。




「リリス。ダリオは、あなたの婚約者だったかしら?」


「ごめんなさい、お姉様。けれど、お姉様がいらっしゃらなかったから、お相手をしていただけなの」



 いたわよ? 



「そんな言い訳をしながら、あなたはいつも私の大切なものを奪っていくのね」


「ち、違います、本当に誤解で……!」


「誤解? 誤解で済ませられると思って!」




 リリスが大事にしている花瓶を持ち上げる。かつては私の宝物だった。――リリスに奪われるまでは。


 でも昨日、私はそっくりな安物と入れ替えた。色も艶も、本物そっくりだけど、これは偽物。理由はーー





「なっ……! 何するの!」



 ガシャン。



 私の手からすり抜けるように、躊躇なく花瓶を床に落とすため。私の口元がわずかに緩む。




「ああ、ごめんなさい。うっかりしていたわ。つい、落としてしまって」




 私は小さくため息をつくと、続けてアクセサリーボックスを一つ、壁へ投げつける。


 どうせ中身は、ダリオが与えた贈り物ばかりと、知っている。だから、投げる手にも迷いなどないわ。




「きゃあ、私のアクセサリーが!!」


「お、おい、ライラ、お前!」



 ダリオ様の呼びかけが聞こえる。しかし、それを遮るように、リリスの怒号が響いた。





「っ! なにすんのよ!! 頭でも狂ったんじゃない!?」




 ああ、ダリオ、よく見て。怖いでしょう? リリスの美しい顔が崩れていくのが、私は嬉しくて仕方ない。





「お姉様の分際で、私の大切にしている物を投げつけるなんて、どういう神経してるのよ!」


「ダリオは私の婚約者よ。私の大切な人を奪おうとするなら、私もあなたの大切にしている物を壊したっていいでしょう?」


「な、なんですって! 生意気言わないで!」




 その言葉に、呆然とした目で見ていたダリオがようやく口を挟む。





「リ、リリス? その口の利き方はどうしたんだ?」



 口を挟むのが遅いわ、ダリオ。リリスはもう仮面を外して、あなたの目の前で本性を現したというのに。


 それでも、リリスは取り繕おうとする。



「っ……! ごめんなさい……お姉様……。つい、声を荒らげてしまうほど、限界だったの……もう、おやめになって……!」


「嫌よ」



 私はすぐに、ベットの天蓋の布を一気に引き下ろした。布が空気を切って落ちる音が、部屋に響く。その音と共に、広がるのは、まさに緊張感そのもの。



「っっっ!」



 リリスの声が、言葉にならない。ふふ、怒っているわね。さらに顔が歪んでいく様子を、私はひとしきり楽しむ。



「やめるんだライラ! そうか、やはり本当だったんだな。リリスが言っていた。お前がリリスの私物を壊して、嫌がらせをしていると……かわいそうだとは思わないのか!」


「思わないわ」




 私は静かに、冷徹に言い切った。




「私のほうが、ずっとかわいそうだもの」



 その言葉に、心の奥底から湧き上がるのは憎しみの炎。



「母が亡くなってすぐに現れた、見知らぬ腹違いの妹。父の愛はそちらにすぐに奪われ、私を見向きもしなくなった。挙げ句の果てに、ダリオ、貴方まで」


「……ごめんなさい、お姉様……」




 リリスの小さな謝罪が耳に入る。思ってもいないくせに。



「なぜ謝る。謝らなくていいんだ、リリス。君は何も悪くない。……ライラ、妹に優しくしたらどうだ? 当主に見向きもされないのはそのせいだろう? リリスは、お前の冷たさに耐えているって、いつも涙ながらに語っているんだぞ」



 ダリオが、私に語りかける。


 “耐えている”? くすりと笑みがこぼれる。




「優しくする気なんて、ないわ」



 そう言い捨てると、テーブルの上の香水瓶をそっと持ち上げる。そして、ためらいもなく指先から離した。


 高く澄んだ音が部屋に鳴り響く。テーブルの上で割れたガラスが床にまで散り、香り高い液体がじわじわと広がっていく。




「な、なんてことするのよ! なかなか手に入らない香水よ。お父様に言いつけてやる!」



 リリスが声を荒らげる。ほら、耐えることなんてできていないじゃない。また本性がでているわよ?



「……リリス……?」



 ほら、ダリオの戸惑いの声。優しく、けれど困惑に満ちたその響きに、リリスの動きが一瞬止まる。



「あっ……ダリオ様、でも、お姉様が……」



 まあ、自由に出る涙ですわね




「ああ、リリス。かわいそうに」



 ダリオがそっと近づき、リリスに寄り添うように言う。




「もう我慢の限界なのだろう。自分を見失って取り乱すほどに。でも、そんな言葉遣いは君に似合わない。落ち着いてくれ。私が、何とかするから」


「ダリオ様」




 潤んだ瞳、震える指先。



 ああ、完璧ね。小説通りの“ヒロイン”。そのあざとさに気づかないほど、ダリオ、貴方は愚かだったかしら?

 でも、そうやって信じればいいわ。彼女の作り涙を、真実だと。




「ライラ、もうやめてくれ。私の婚約者がこんなにも乱暴だったなんて……」



 失望を滲ませた声に、私は小さく笑った。



「分かりましたわ。ダリオがそうおっしゃるなら、今日はこれで退きます」



 一礼しながら、くるりと身を翻す。



「リリス、これに懲りたら、ダリオに二度と近づかないことね」



 爪の先ほども思っていないことを優雅に言い切る。



「そんな……ひどい、お姉様……」



 震える声、にじむ涙。




 ――でも私は見たわ。その口元に浮かぶ、確かな笑みを。




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