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1.令嬢たちは“悪役”に微笑む

「フェリ、本当にすごいわ。王太子妃教育が卒業の三ヶ月も前に終わるなんて」


 午後の陽差しが、窓辺にかかるレースのカーテン越しに柔らかく差し込んでいた。



「ふふ、ヴィアありがとう。これでようやく残りの学園生活、あなたたちとゆっくり過ごせそうよ」



 言葉にすると、実感が湧いてくるわ。


 ようやく、静かで穏やかな日々が戻ってきた気がした。



「ライラも私も、あなたがいないと退屈なのよ」


「まあ、嬉しい。でも、学園には退屈なんて無縁でしょう? 話題には事欠かないもの」



 そう応じると、ヴィアの笑みが一瞬だけ揺れた。


 どうかしたのかしら?



「私がいないときに、何か楽しい噂でもあったのかしら?」


 問いかけると、彼女はわずかに間を置き、それから静かに口を開いた。



「……ひとつ、あるわ。だけど楽しいというより、腹立たしい話よ」



「腹立たしい話なんて、ふふ、楽しそうね」



 私の様子を見たヴィアが呆れたように笑う。



「もう、フェリったら。驚かないで聞いてちょうだい。実はね、私たち――“悪役令嬢”と呼ばれているらしいの」



 “悪役令嬢”?



「劇の配役か何かかしら?」


「いいえ。現実の話。最近流行っている小説に出てくる、ヒロインをいじめる高慢で意地悪な令嬢……どうやら、私たちはその“役どころ”らしいわ」


「まあ!」



 カップをそっと置きながら、私は思わず笑みを浮かべた。



「詳しい話は・・・・・・ちょうど来たわ。ライラが知っているはず」


 扉が静かに開き、端正な所作でライラが一礼する。



「フェリシア様、オリヴィア様。……遅れてしまい、申し訳ありませんわ。でも代わりに、面白い話を持って参りましたの」



 ほらね、という顔をするヴィアに思わず微笑む。



「その面白い話って、私たちが“悪役令嬢”と呼ばれてる件かしら?」


「あら? あらら? ……残念ですわ。お二人ともご存じでしたの?」



 紅茶を口にした私の表情が、自然と穏やかに緩む。



「私だけ、知らなかったみたい。ライラは“悪役令嬢”に詳しいのね?」



 ライラの口元には、どこか愉しげな笑みが浮かんでいた。



「ええ。最近流行っている小説に必ず登場するのです。“ヒロインをいじめる高位貴族の意地悪な令嬢”が。読者から見た典型的な“悪役”として、読者の怒りを引き出すのです」


「それが、私たち?」



 私の問いに、ライラは静かに頷く。その動きに、確かな確信がこもっていた。



「ええ、どうやらそういう風に語られているらしいですわ」



 噂はいつだって真実よりも早く広まり、人の印象に根を張るもの。少しやっかいね。


 ヴィアが、どこか遠くを見つめながら、思い出したかのように言う。




「私は……心当たりがあるの。あの男爵令嬢。私の婚約者にやたらと距離が近い、あの子が“ヒロイン”だとしたら、私が彼女の“悪役令嬢”だわ」



 その言葉に、ライラがくすくすと笑みをもらす。



「オリヴィア様、まったくもって仰るとおりだと思います。貴族の庶子と明かされ、突如“貴族の生活”を手に入れた市井育ちの令嬢――。健気にも学園で懸命に努力を重ね、そのひたむきな姿に、気づけば令息たちが心を奪われる。けれど、運命は残酷。彼女を疎むのは、そう……婚約者の高位令嬢。嫉妬と矜持が交錯し、いじめという名の“試練”が始まるのです。しかしやがて、婚約者の令息は気づくのですわ。誰が本当に愛すべき相手だったのかを。そして、婚約は破棄され、彼と“真実の恋”に落ちた彼女が、ようやく幸福を掴む……――まぁ、そんな筋書きの小説、いくつも読んだことがありますもの」


 その語り口には、どこか芝居がかった愉快さがあった。



「不本意だけど、たぶん、そうね。はぁ……婚約者に愛想を尽かしてるのはこちらなのに」


 ヴィアの声には皮肉と、少しの疲れがにじんでいた。



「婚約者のいる令息と仲良くする令嬢がヒロイン? 少し不思議なお話ね」



 不貞ではないのかしら? 困るのはそのヒロインと令息たちでしょう。



「ふふ、物語とはそういうものですの、フェリシア様」



 ライラは達観したように笑った。



「ライラ、そういうあなたの“役どころ”は?」


「私ですか? そうですね……典型的な“意地悪な姉”。貧しく不幸なヒロインが、実の父である侯爵に引き取られ侯爵令嬢となる。そこには前妻の娘の姉が。その妹を疎ましく思い、いじめる姉。その所業は、家族や姉の婚約者に知られることとなり、やがて姉は破滅して修道院へ――健気なヒロインは姉の婚約者と幸せに、で、幕が閉じますの」


 また、婚約者と!?



「意地悪されているのは、あなたの方じゃない」


「ええ、オリヴィア様、その通りです。もっとも、意地悪というより、ただの“厄介ごと”だと、流しておりますが」



 ライラが疲れた顔をしている。



「私のことはご存じ?」



 私って、どんな“悪役令嬢”なのかしら?



「ええ、フェリシア様。最近、“精霊姫”が選ばれましたでしょう?」


「ええ。貴族のことなど何も知らない平民の方ね。精霊姫は、国の繁栄をもたらす存在。国王様の命を受け、王太子であるルキウス様がお世話をしているわ」



 養子先の貴族が見つかるまでの保護として王宮で暮らしているのよね。



「それですわ。王太子との恋……王道中の王道です」


「平民と王太子なのに?」



 素直な驚きを込めて言うと、ライラがすぐに応じた。



「だからこそ、なのですわ。純粋な平民が、逆境を乗り越え努力を重ねる。しかし、それを面白く思わない王太子の婚約者に妨害される。そしてやがて、王太子妃になるはずだった婚約者は“悪事”が暴かれ、国外追放。王太子は初めて恋を知り、二人は困難を乗り越え結婚する――まさに、シンデレラストーリー」


「まぁ! 面白い話ですこと。あの厳しい王太子妃教育を平民がどう乗り越えたか興味がありますわ。ライラ、小説を持っていたら、あとで貸してくれる?」


「ええ、喜んで!!」



 私ですら、何年もかかったのに、すごいわ。



「もう、フェリったら、そんな場合じゃないわよ? その悪役令嬢が私たちってことよ。あなた、王太子妃になるのに、皆の心証が悪いままだったらどうするの! 学院の者たちは小説の中の悪役令嬢に私たちを重ね合わせて楽しんでいるのよ」



 ふふ。皆さんお暇なのね。


 ルキウス様が、ご自分の立場を忘れて、恋に溺れるなんてあり得ませんのに。



 さて、どういたしましょう?


 私はカップをそっと置き、いたずらっぽく微笑んだ。




「皆がそれを望んでいるのならば――いっそのこと、私たちは、その期待に応えてみるのはどうかしら?」



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