華麗な商談と武の頂点
かっこよく啖呵を切り、外に飛び出したザックは不敵な笑みを浮かべ、ゆっくりとした足取りで夜に潜む兵士の大群と対峙した。今まで見ていたザックが別人かのように自信とオーラが溢れており、今の姿だけ見れば敏腕商人に見えなくもない。兵士たちはザックを確認すると武器を一斉に向けた。しかし今のザックは少しも焦らず距離をつめる。
「こんな夜遅くに何用かいな。そんな大層な武器構えちゃって。戦争でも始めるつもりか」
「黙れ!」
兵士の一人が怒鳴ったが、ザックは笑い飛ばす。
「おっと、声が震えてるで? その槍、まともに振れるんか?」
挑発的な言葉に兵士たちの肩がわずかに揺れる。
ザックはさらに歩みを進め、わざと鎧の隙間を見定めるように視線を走らせた。
「ワイひとりにこんな人数。領主様もよほど臆病らしい。──いや、ちゃうな。自分らが臆病者なんだ」
その一言で兵士の列にざわめきが走る。槍先は乱れ、緊張の空気が一層濃くなる。
すると、その奥。大柄の兵士達が左右に別れ、豪奢な鎧をまとった壮年の男がゆっくりと現れた。
兵士たちは道を開き、一斉に膝をつく。
「……領主様!」と誰かが叫ぶ。
領主は険しい眼差しでザックを見据えた。その声は鋭くもよく通る。
「問おう。アリアは無事か」
沈黙が落ちる。兵士たちの視線が一斉にザックに突き刺さった。
その問いかけは命令でも、取引の切り口でもない──ただ一人の父親の、必死の響きを帯びていた。
ザックはわずかに口角を上げ、首を傾けて応じた。
「これはこれは領主様、アリア様がこんなボロ宿にいるわけないやろ?」
「戯言はそれまでだ。アリアがそこにいるのは見当がついている。ただ…安否だけ、無事かどうかだけを知りたいんだ」
領主の声は震え、しかしその眼差しは鋭かった。
ザックはにやりと笑い、軽く指を鳴らした。
「ほな、そこまで言うんやったら──"商談開始"や」
次の瞬間、空気が変わった。
音も光も閉ざされるように、路地裏全体が結界に包まれる。
重苦しい静寂が押し寄せ、領主の兵士たちが慌てて剣を構えるが、何もできない。
刃は震えても鞘から抜けず、詠唱を試みた魔術師の口からは声すら漏れない。
「……これは?」
領主が顔をしかめる。
「ワイのスキルや。名付けて《強制商談》。この空間に入った瞬間、攻撃も魔法も全部“商談成立まで禁止”。」
ザックは目の前に湧いてきた椅子に豪快に座り、机に足を投げ出し、領主を見つめる。
「せやから、あんさん。今はただの客や。ワイと“交渉”するしかあらへんで」
そう言うとザックは窓から見てる俺にウィンクをしてきた。ムカつく顔だが時間稼ぎはできている。俺は少しだけザックを見直した。
領主と名乗る人物はいきなり出てきた机にびっくりした様子だったがすぐに切り替え、交渉の席についた。そして鋭い眼光でザックを見つめながら、口を開いた。
「…娘は無事か?」
その言葉にザックはまた口角をあげた。
「あんさん。交渉するのは初めてちゃうやろ?欲しい情報があるなら相手方が欲しがるもんを先に差し出さなきゃあかんよ」
ザックは獲物を狙う狩人のように領主の一挙手一投足を見逃さない。この商談は側から見たら一方的だった。そもそも完全にザックの有利な状況スタートで始まっているのだ。今この戦いはザックの思う通りに全て動くといっても過言ではない。
しかし相手は仮にも街の長であり貴族だ。簡単にはやられない。領主はなにか思い出したかのように顔をあげた。
「…昼間の融資の件」
ザックの目が一瞬光る。
「おお、やるやん。それそれ」
「貴殿が提示した2倍の額で支援してやってもいい」
領主の言葉に、ザックはニヤリと笑った。
「いや、ワイが提示した額の3倍でどうや?」
ザックの言葉に、領主は眉をひそめた。
「3倍だと?ふざけるな!そんな額、到底受け入れられん!」
「せやったら、あんたのとこの娘さんの無事は確かめられないけどな」
「くッ。外道め...」
「ワイは外道ちゃうで〜」
悪魔だ。こいつ。この悪魔は親心を理解できないらしい。俺がザックと領主の商談に夢中になっていると、カウンターからおっさんが出てきた。
「紅茶...できたぞ」
おっさんの言葉を聞き、準備体操らしき柔軟をしていたアリアが闘志に燃えた顔をして紅茶を受け取る。
「ありがとうございます。これは...アールグレイですね」
おっさんが驚く。
「よくわかったな...」
「匂いが柑橘系で爽やかでしたから」
「...そうか」
若干答えになっていなそうだが、大事なのはそこではない。なぜこのタイミングで紅茶を飲むのかだ。俺が不思議そうにアリアを見つめていると彼女は俺の目線に気づいた。
「そういえば、メグルさんに説明していませんでしたね、私がなぜ紅茶を今飲むのか」
そう言って、アリアは一口、紅茶を口に含んだ。その瞬間、彼女の瞳に鋭い光が宿り、顔に浮かんでいた清楚な笑みは消え去った。
「...私のスキルは血の紅茶。紅茶を飲むと全身の力が跳ね上がり、戦闘能力が大幅に強化されます」
アリアは、冷たい声でそう告げた。その表情は、まるで別人だ。俺は、彼女の言葉に息をのんだ。
「ですが、ひとつデメリットがありまして。私の破壊衝動が暴走し、理性が失われる...狂化状態になります」
そう言って、彼女は残りの紅茶を一気に飲み干した。彼女の瞳が、血走ったように赤く染まり、広角が上がる。
「さあ、行きましょう...パーティーの始まりです!」
アリアは武術の心得がない俺でもわかるほどに全身から張り詰めた闘気が感じられた。
「どうや?はよ決めんと娘が帰らなくなるかもしれんで」
窓の外を見ると商談もクライマックスのようだった。
ザックの言葉に、領主は苦虫を潰したかのような顔をした。ザックはニヤリと笑った。
「…どうや?この最高の取引に、乗ってくれへんか?」
領主は、深く考え込んだ後、ゆっくりと頷いた。
「…いいだろう。3倍だ。それで契約しよう」
「"契約成立"...やで。そしてちょうど...3分やッ!!」
契約が成立したその瞬間、空間を囲んでいた結界が消えた。それと同時に宿から、狂化したアリアが飛び出してきた。
「契約道理、会わしたるよ。最愛の娘に」
ザックの言葉と共に、アリアは腰に持っていた剣を抜き、領主に向かって斬りかかった。領主は驚き、体をひねって回避しようとするが、アリアの斬撃は止まらない。次の瞬間、領主の体が吹き飛ばされ、そのまま壁に叩きつけられた。
「「「りょ、領主様ッ!!」」」
周りで傍観せざるを得なかった兵士たちが壁にめり込んだ領主に慌てて駆け寄る。ザックはその事態を尻目にみながらアリアに満足気に声をかけた。
「ナイスタイミングやで!アリア」
「こちらこそです。素晴らしい時間稼ぎでした」
その声には、先ほどまでの優雅さはなく、殺意すら滲み出ていた。しかし、ザックはそんなアリアの言葉を意に介さず、ニヤリと笑みを深めるだけだった。領主をやられて戦意を喪失していた兵士たちが動き出し、アリアとザックを囲んだ。
「ほな、あとは任せたで!」
ザックがそう叫ぶと、アリアは小さく頷いた。
「...おまかせ...くださいッ」
次の瞬間、アリアは足を踏み出し、気がつくと武器を構える兵士たちの前にいた。
「は、はやい」
「...おそい」
急なアリアの出現に驚いた兵士が対応しようと剣を振ろうと身構えた。しかし、その剣が振るわれるより早く、アリアの剣が兵士の手に持っていた剣を弾き飛ばした。金属がぶつかる甲高い音が響き、兵士は驚愕に目を見開く。
アリアは、まるで舞踏を踊るかのように、優雅に、そして容赦なく兵士たちの中を駆け抜けた。剣を振るうたびに、兵士たちの鎧は紙切れのように切り裂かれ、その身は次々と宙を舞い、地面に叩きつけられていく。
「…ひぃ!」
「ば、ばけものだ!」
兵士たちの悲鳴が、路地に響き渡る。だが、アリアは彼らの声に耳を貸すこともなく、ただひたすらに、剣を振るい続けた。
「ふふふ、まだ切りたりません」
狂ったように笑いながら、アリアは剣を振るい続ける。その舞踏は、兵士たちが全員、気絶して倒れるまで終わることはなかった。
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「お、終わったのか?」
俺は戦闘が一段落したのを確認したのち、宿の外に出た。そこには、路地の端っこで重なって倒れている兵士たちと返り血で汚れているアリアの姿があった。ザックは、横を見たら丸まって震えていた。
「すごかったよ。アリア!!」
「そんなこと...ありません」
よく見ると、アリアは戦闘で疲れたのか肩で息をしていて、疲労が見えた。それはそうだ。アリアはたった一人で30人近くを相手にしたんだ。疲れない方がおかしい。アリアの表情を見るに紅茶による狂化は終わったみたいだ。狂化状態のアリアは強く頼もしかったが、それと同時に畏怖の念にも駈られた。俺は安堵の息を吐き、彼女の元へと駆け寄ろうとする。
だが、その瞬間、背後から殺気が放たれた。
「死ねッ!犯罪者めッ!」
倒したはずの領主が、血だらけの顔で俺に襲いかかってきたのだ。彼は、両手に持った剣を振り上げ、俺の首元に振り下ろそうとする。あまりのことに、俺は身動きが取れず、ただその攻撃を受け入れるしかなかった。
その刹那、アリアの剣が、俺の首元に迫る剣を弾いた。金属がぶつかり合う甲高い音が響き、俺は辛うじて命拾いする。
「メグルさん、離れてッ!」
「なぜだアリア、そいつはお前を誘拐した犯罪者だぞ」
領主とアリアが剣同士で鍔迫り合いをして空気が張り詰める。俺は驚いて腰を抜かし、倒れこむことしかできかった。
「違います、お父様。彼が私を唆したわけではありませんッ!私が彼の夢に惹かれ、自分の意志で彼らについて行こうと決心したのです。私はお兄様やお父様のように武の道を極めたいのですッ!」
アリアはしっかりと領主の目を見て訴えかけたが、領主は聞く耳を持たない
。
「お前は女だ。女は家に残り、結婚をし、家庭を守るのが使命だ。なぜそれがわからない?それが女の幸せだろう?」
領主の剣がアリアの剣を押し始め、アリアは不利な体勢になった。このままだとアリアは1分も持たないだろう。遠くから鎧同士がぶつかる嫌な金属音も聞こえる。増援が来て囲まれるのも時間の問題だ。
「さあ、帰ろう。アリア。これも全部お前のためなんだ。」
その言葉を聞いた瞬間、俺の頭の何かが切れた。
「ふざけんじゃねぇッッッ!!」
俺は領主に向かって叫んだ。
「お前は、自分にとって都合の良い『幸せ』をアリアに押し付けたんだッ!お前は一瞬たりともアリアの望む『幸せ』なんか微塵も考えてない。家にいるのが幸せ?結婚するのが幸せ?違うだろッ!アリアが望むのは、武の道だ。なぜそれが理解できないんだッ!」
俺の言葉に、領主は驚き、一瞬剣を止めた。しかし、彼はすぐに表情を引き締め、嘲笑するように口元を歪めた。
「ふん、小僧。それがどうした?お前のような若造に、何がわかる!女が武の道を極めて、何になる?所詮、男の真似事だ!」
領主は、アリアを庇う俺の言葉を、鼻で笑った。アリアは、その言葉に傷ついたように、顔を伏せた。
「違うッ!アリアの剣は本物だッ!!」
俺は、一歩前に出た。
「俺は、ガイドブックを作るのが夢だった。みんなに笑われたし、バカにされた。でも、自分の親だけは応援してくれた、自分の夢を褒めてくれた。だから俺は自分の夢を諦めなかった。そして今俺は、自分の夢を追いかけるてるッ!全部親のおかげだッ!」
俺は、アリアの瞳をまっすぐ見つめた。彼女の瞳には、俺と同じ「夢」を追いかける強い光が宿っていた。
「アリアは、あんたに憧れて剣を握ったんだ。あんたのような、かっこいい父親に憧れたんだッ!!自分に憧れ、夢を追う娘を、なぜ認められないんだ?それに気づけないなら、お前は父親失格だッ!!」
俺の言葉は、まるで鋭い刃のように、領主の心に突き刺さった。それと同時に領主の剣筋がぶれ、アリアは体勢を整えた。
「わ、私は……アリアを……」
領主はひどく狼狽し、顔面蒼白だった。アリアは再び領主と向き合い、自分の思いをぶつけた。
「お父様、今まで育てて頂きありがとうございました。ですが、私は旅に出たいのです。親不孝と罵ってもらっても構いません。それでも私は、武を極めたいのですッ!お父様のような立派な剣士になりたいんだすッ!!」
領主は、いや、父は、なにも言わなかった。アリアを真っ直ぐに見つめ、剣を構えた。
「...来い!アリア!!」
「はい!お父様!!」
アリアは、剣を構え、舞踏を舞うように優雅なステップを踏んだ。その姿は、まるで昔、父の剣技に憧れて舞を真似ていた幼い頃のアリアを彷彿とさせた。彼女の瞳は、これまでの迷いを捨て去り、武の道を極める者としての強い光を放っていた。
「私の剣は、誰のも折らせませんッ!」
アリアが叫んだ。次の瞬間、彼女の体が風となり、舞うように領主の剣をかわす。そして、領主の懐に飛び込み、剣を一閃した。
「高貴なる剣閃!」
レイピアから放たれた斬撃は、まるで光の筋のように美しく、そして、容赦なかった。斬撃は、領主の胸の鎧を切り裂き、そのまま吹き飛ばした。
領主は、壁に叩きつけられ、血反吐を吐いた。
「いい一撃だ...成長したな、アリア」
そう呟くと領主は意識を失った。
アリアは、息を乱しながらも、静かに領主の元へと歩み寄った。
「…お父様、いつか必ず、武の頂点になって見せます...」
アリアは、そう言い残すと、俺たちの方へと振り返った。彼女の瞳は、再び優しい光を取り戻していた。
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