第一話
黒曜石のように、教室の窓から差すオレンジ色の日の光を反射させる、黒髪の女の子が座っている。
木の机に向き合って青いプラスチック製の椅子に座る彼女は、机の横に掛かった黒い鞄に手を入れ、何かを探す。
ノートを取り出した彼女は両手で自分の前に広げた。
見開き空欄の二ページを開け、ホッチキスで留められたノートの中心線を親指で強くなぞる。
次に、彼女は机の中に手を入れると、筆箱を取り出した。チャックを開け、筆箱から使いかけの消しゴム一つと、何の柄もないシャープペンシルを一本、机の上に並べた。
綺麗に二つの物の並びを何度も整えなおすと、彼女はすくっと椅子から立ち上がり、教室の後ろへと向かった。他の机や椅子に集まって話す子たち、廊下を走ってはいけないと言われていながらも友達と追いかけまわったりする子たちを通り過ぎ、教室の後ろにあるロッカーまでたどり着いた。
カチャっという音を立ててロッカーを開け、一冊の教科書に指を置いた。他の教科書に挟まれた一冊を一本の指でゆっくりと引っ張り出す。少しずつ少しずつ。
半分くらいまで来ると、面倒になったのか指をすべて使って引っ張り出した。
そのあとは思うように彼女は机に戻り、教科書をノートの隣に置きかすかに斜めっていた向きを直した。
再び鞄の方に手を伸ばし、チャックを閉めた。
騒がしい声は徐々に大きくなっていき、教室の外から他クラスの生徒が友達と話しに来る。
彼女は一人、授業の準備が終わると机の中から本を取り出し、しおりの部分を開くと前回まで読んだ部分を指で探し、見つけると本を両手に持ち直して真剣に読み始めた。
ページをめくると同時に黒板の上の時計の針が一分進む。教室外から来た生徒は時計を見ると慌てて出て行った。
ぽつぽつと教室外の生徒がいなくなり、教室が少し広くなったように感じられる。
しかし話し声は収まらず、友達が自クラスに戻って行った生徒は他の生徒たちのところに歩み寄り、話に加わる。黒髪の女の子が次にページをめくると黒板の上の時計をチラッと見た。机の上に置かれたしおりを手に取ると、彼女が開いているページに挟み、本を閉じた。彼女が本を再び机の中にしまうと同時に時計の針が進み、授業開始合図のチャイムが鳴る。チャイムの合図とともに黒いスーツを着た、背の高い男性の先生が教科書を手にして入ってきた。教室中には入ってきた先生を見て、またはチャイムの音を聞いて慌てて席に向かう生徒、ロッカーから教科書を急いで取り出しに行く生徒があちらこちらにいる。チャイムが鳴ってから一、二分後、やっとのことでクラスの全員が席に着いた。あきれた、とでも言うように先生は頭を横に振り、後ろに振り向くと授業をはじめ、教科書を開くと黒板に白いチョークで書きだした。黒髪の女の子も教科書を開くと、机の上にまっすぐ置いてあるシャープペンシルを手に取り、黒板に書かれた数式を白いノートに写した。先生が問題を全て書き終えると、振り向き、生徒たちが数式を解くのを待った。女の子は問題を全て移し終えると答えを出すために問題を上から順番に黙々と解き始めた。彼女の周りの生徒はそういうわけでもなく、ノートどころか教科書を開いていない生徒がほとんどだ。定規で遊ぶ生徒、隣の人とコソコソ話をする生徒、消しゴムを積み上げる生徒、机に伏せて寝ている生徒が教室中にいる。そろそろ良しとした先生は黒板の上の時計ではなく自分の腕時計を見てから生徒たちの方を見た。
「一問目、分かる奴いるか?」と先生は太い声で教室全体に聞いたが、体は黒髪の女の子の方に向いている。
先生の予想通りに行ったかのように黒髪の女の子は手を高く上げ、先生に指されるのを待った。
「良し、美川。」満足そうに先生は女の子、美川を指さす。
美川は席を立ちあがると机と机の間を通って黒板の前にたどり着いた。白いチョークを一本手に取り、数式と答えを先生の書いた問題の隣に書き始めた。コツコツと音が鳴り、すぐに完璧な答えが黒板に書き記された。途中式一つ抜かさない。誰が見てもきれいだという字。書き終わると彼女はチョークを戻し、水色のハンカチを取り出すと手についたチョークの粉を拭く。そして再び机の間を通って自分の席に座る。この間、すべての生徒の視線が彼女の華麗な姿に釘付けだった。こんな仕様が一限から七限まで続くと、ホームルームが終わり、放課後となった。先生に頼まれてプリントを運んでいた美川だったが、彼女は思わぬ事態に会った。階段を下りたその先、壁の資格から一人の男子生徒が見えた。だが双方よけることのできる前に衝突、美川の運んでいたプリントが宙に舞った。美川は背中から倒れこんだ。すぐにプリントが舞っていることに気づき、回収しようとする。が、彼女の視界にもう一つの腕が入ってきた。ぶつかった彼の手だった。