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平民聖女は嫌われていると思ってた

作者: 満原こもじ

「歴代の聖女が全て平民である理由は何だろう?」

「今それ聞く? 殿下は大物だなあ」

 

 今がどんな時かって、一番不安定な時だよ。

 敵である隣国クゼナール軍の計略に引っかかって、総司令官ウォーレス第一王子殿下が瀕死の重傷を負った時。

 聖女であるあたしの到着が間に合って殿下の命を取り留めた時。

 一番信頼できるガイン将軍を裏切り者の討伐に出して、我が軍の陣容が薄い時。


 そしてウォーレス殿下の勝利と栄光の未来が決定する時。


 待ちの時間で、お互い手持ち無沙汰ってのはわかる。

 殿下とあたしじゃ気まずい話題が多いってのも理解できるから、付き合ってやるけれども。


「よく言われるのが、平民の絶対数の方がうんと多いっていう理屈だよ」

「うむ。しかし理屈で言えば、地位のある者が聖女であることが有利に働く場合も多いと思うのだ」

「殿下の言う通りだね。もう一つ、貴族や騎士階級の人は王家に対する尊敬が篤いから、神様に対する尊敬が半端になるんじゃないかって説はある」


 聖女は神様に選ばれるものなのだ。


「はっ。王家に対する忠誠心が篤いなら、僕はこんな目に遭ってないと思うんだがね」

「ごもっとも」

「聖女の君だって神をさほど崇めているようには思えない」

「あれ、見抜かれちゃってるわ。それ教会の偉い人の前では言わないでね」


 アハハ。

 殿下も笑ってるわ。

 結構ひどい傷だったけど、全然痛がってない。

 臓器まで完全に損傷は治癒してるな。

 よしよし。


「聖女ユミティの考えとしてはどうかということが知りたいのだ」

「あたしの考えか。神様のサービスじゃないかって思ってる」

「神のサービス?」


 神様はエンタメ好きとゆーか、お茶目なところあるから。


「人は大体生まれで人生が決まっちゃうってことがあるじゃん?」

「そうか? 努力次第で上の地位にも就けるのではないか?」

「平民でも教育を受けられるなら殿下の言う通りなんだけどさ。いや、読み書きを教えてもらえる環境は既に勝ち組だわ」


 殿下ビックリしとるわ。

 ウォーレス殿下は我が国の識字率知ってるかな?

 読み書きできる人の割合って、二〇人に一人くらいらしいよ。


「神様が平民にも夢を見させてあげようっていうサービスの一つが、聖女とゆー恩恵なのではないかと」


 聖女を放り込んで世界を面白いものにしたいっていう目論見もあるんだろう。

 神様は自分で直接世界を弄っちゃダメらしいから。


「それが、聖女というものか……」

「本当はどうだかわからないよ? でも神様を信じていると確率でいい目を見ることがあり得るとなれば、信仰する人も増えそうじゃん?」

「あくまでも確率なんだな? 神は大いなる存在だから、個々の事情までは忖度しない。しかし信仰心を得るため、平民から確率で聖女を選ぶ、か」


 大いなる存在ってのはどうだろう?

 神様なんてのは割とゲスいぞ?

 それこそスーパーラッキーで神様に生まれただけのような気もするけどなあ?


「たまたまあたしは運が良かったから聖女になれた。殿下は気に入らんかもしれんけど」

「……気に入らないということはない」

「およ?」


 こりゃ意外だね。

 ウォーレス殿下は婚約者のあたしに不機嫌な顔しか見せたことないじゃん。

 そう、あたしは聖女であることが評価されて、殿下の婚約者に推されたのだった。


 ただあたしはウォーレス殿下のことが嫌いじゃない。

 偉い人にありがちな、上っ面の笑顔を見せないから。

 本音で語り合えるから。


「殿下とは貴族学校でも言い争いばかりしてるじゃん。嫌われていると思ってたわ」

「そんなことはない。学校は身分の上下を気にしない建前じゃないか。正論を振りかざしてくる聖女ユミティは新鮮だった」

「まー第一王子の殿下には遠慮せざるを得ないもんねえ。普通は」


 今日は優しい目してるじゃないか。

 ドキッとするわ。

 いつもそーゆー顔してりゃいいのに。

 眼福だわ。


「一方で君が僕の婚約者になった時は複雑な気持ちだったのだ。陰謀ではないかと」

「陰謀?」

「宰相派のな」

「あーなるほど」


 宰相であるラザルス・レーツナイト侯爵は、自分の甥であるワーナル第二王子殿下を次期王にしたいとゆー、もっぱらの噂なのだ。

 宰相の妹である側妃様の希望でもあるんだろうけど。

 ちなみにワーナル殿下の婚約者は、ヨークマキオン公爵家のコリンナちゃん。


 本来なら亡き正妃様唯一の子であるウォーレス殿下の地位は動かないんだろうけどさ。

 ワーナル殿下が今をときめく宰相様の縁戚ともなると、いろんな風説も出ちゃうわけよ。

 ウォーレス殿下に聖女とはいえ平民のあたしをあてがっておいて、ワーナル殿下と力ある公爵家の令嬢を婚約させるというのは確かにきな臭いわな。


 ただ聖女のあたしを甘く見ていませんかね?


「……僕自身は君が婚約者になってくれたのは嬉しかったんだ」

「そーなん?」

「ああ。君は聡明で可愛らしいし、媚びないし。僕がセラリア王国の王位を望む身でなかったら、もっと素直に喜べた」


 うわ、褒め倒してくるがな。

 何て素直。

 こんなウォーレス殿下は初めてだわ。

 萌えちゃうわ。


 小声で殿下が言う。


「……僕がクゼナール軍の計略に引っかかったのも、我が軍の戦略が漏れていたとしか思えん」

「まあね」


 我がセラリア軍の中にもラザルス宰相の手の者がいるんだろう。

 おそらく敵クゼナール軍に情報を流している。


「あたしが来たからには大丈夫だぞ? 宰相閣下は思い通りに行かなくて可哀そうだけどね」

「ハハッ、可哀そうか。聖女ユミティは慈悲深いな」


 ウォーレス殿下に重傷を負わせたと考えているクゼナール軍は、今夜の内にセラリア軍本陣と考えている場所を夜襲する。

 どうせ瀕死の殿下は指揮を執れないと思ってるだろうから、決着をつけるつもりで絶対に人数をかけてくるのだ。

 おまけに宰相派の内応があると思い込んでるからなおさら。


 生憎だったね。

 負けた我が軍が逃げ込んだとあんた達が思ってる場所は、残念ながらもぬけの殻だよ。

 あたしが幻影を見せてるだけ。

 前か後ろにしか行き場のない谷だ。

 聖女のあたしを甘く見た罰だわ。

 壊滅するといい。


「あたしは我が儘なんだと思う」

「そうか?」

「うん。あたしに関わった人が不幸になって欲しくないだけなの。全然聖女っぽくない。敵軍を奈落に落とすことを躊躇しようとは思わない」

「しかし、僕に嫌われてると思っていたんだろう? 僕を見捨てるということは考えなかったのか?」

「殿下は出征前にあたしの贈った石を大事にしてくれてるじゃん」

「えっ?」

「双晶思念石だよ。あれは二つペアで、もう一つはあたしが持ってるの。ある程度魔道の心得があれば、片割れを持ってる人の状態が大雑把にわかるんだよ」


 捨てられちゃうかなーとも思ってた。

 あたしは聖女だから大雑把な運命の分岐は見えるけど、未来を決めることは神様にもできないから。

 石を捨てちゃったらウォーレス殿下はそれまでだった。

 殿下はいい運命を選んだ。


「……だから僕の危機を察して駆けつけてくれたのか。言ってくれればよかったのに」

「試すようなことしてごめんね。さらに言うと、その石は転移のビーコンにもなり得るの」

「転移……」

「転移魔法はどえらい魔力を食うからさ。教会に溜めてた魔力がほぼ空だよ。魔力の飾りがしばらく使えなくなっちゃう」


 アハハ。

 一応書き置きしてきたけど、後で叱られるだろうなー。


「殿下が石を持っていてくれてよかった」

「当然だ。君がくれた石だからな」

「キュンキュンするわー」


 ツンツンだった殿下がデレとるやん。

 戦争悪くないなとチラッと思った。

 俯く殿下。


「今後の展開はどうなる?」

「誰にも言ったことないんだけどさ。あたしは先のことがちょっとわかるとゆーか」

「だろうな。だからこそガイン将軍を進発させたんだろう?」

「まあ。ガインのおっちゃんが叩きのめす軍勢は、殿下の援軍もしくは後詰めの体で王都を出発してるの」

「実態は?」

「殿下が敗走してくると思ってる。よーするに殿下を討ち取るための裏切り者だね。敵軍と間違えたとか既にウォーレス殿下は戦死していたとかの言い訳を用意していると思う」

「やはりか」


 嘆息する殿下。

 まあわかる。


「我が軍を襲うつもりなら……」

「旗印なんか用意しないで、道沿いに伏せるつもりなんじゃないの? そんな怪しいことしてりゃ、ガインのおっちゃんにこてんぱんにされても文句言えない」

「確かにな。正面から戦ったらガインには勝てまい」

「正面からにはならないな。だって王都には大軍を指揮した経験のある将軍が残ってないじゃん。モタモタしてる内に、ガインのおっちゃんが不意を突く格好になる」


 大きく頷く殿下。


「今から夜襲してくるクゼナール軍だって同じだよ。奇襲したつもりが大混乱。地形がいいから殲滅しちゃおう。殿下はクゼナール軍に大勝利し、セラリア中の敵対勢力も潰すことになる」

「ふうむ」

「この陣中にもスパイや日和見の連中がいるんだろうけどさ。手柄を立てるチャンスの段階で手を抜いたら、それこそ無能扱いされかねないからしっかり働くよ。殿下がクゼナール戦役の英雄になったら、掌返して擦り寄ってくる」


 もう大きな分岐はない。

 ほぼ決まった未来だ。


「おっと、クゼナール軍が来たよ。あたしの魔道感知に引っかかった」

「ではそろそろ用意だな」

「うん。その内勝手に鬨の声上げて、あたし達がいないことに気付いて慌て始めるわ。そしたら袋の鼠狩りね。つまらん戦だけど、戦果だけは大きくなるよ」


          ◇


 ――――――――――クゼナール戦後。ウォーレス第一王子殿下視点。


 僕にとって最良の結果になった。

 偽本陣の谷に引き込んだクゼナールの夜襲軍は壊滅。

 多くの損害を出し、這々の体で逃げ帰った。

 我がセラリア王国は国境近辺の一部地域を割譲させただけでなく、大勢の捕虜を引き渡すことで莫大な賠償金を得、僕は一躍英雄と呼ばれるようになった。


「戦の最中であるぞ。連絡を寄越さず旗幟も明らかにせず、兵を伏せようとするとは何事であるか! 敵と判断し、踏み潰すのが理の当然である!」


 王都からの援軍と称する部隊は、ガイン将軍に蹴散らされた。

 文句も出たが、ガイン将軍の主張が正しいとされた。

 もっともなことであるし、勝った者の主張が通るのは当たり前。


「その王都からの援軍の指揮官は、バートン・レーツナイト侯爵令息とフレッド・ヨークマキオン公爵令息だったそうな」

「宰相の息子さんと公爵家の跡取りが?」

「二人とも戦死だそうだ」

「マジか」


 ここまでは聖女ユミティといえども予想できなかったらしい。

 大方僕の死を確認したい、クゼナールと手打ちにして追い返したという戦功を得たいということだったんだろう。

 バカなやつらだ。

 宰相と公爵は一気に老け込んだとの噂だ。


「跡取りを失ったヨークマキオン公爵家にワーナルが婿入りすることになりそうだ」

「妥当だね。ワーナル殿下もコリンナちゃんもいい子じゃん。大人の思惑がなければうまくやっていけると思うよ」


 ユミティの言う通りだ。

 そして大勝利で絶大な支持を得た僕が王太子となる。


「よかったねえ」

「君のおかげだ」

「殿下の辿った選択肢が全て正しかったんだよね」

「む? どういうことだろう?」

「例えば殿下には出陣しない選択肢もあったじゃん? そーなると臆病者のそしりを受けて、王太子にはなれなかった」

「実によくわかる」

「どうせ宰相あたりに出ろって言われたんでしょ?」

「まあ。しかし断る選択肢はなかったな」


 学生の僕を司令官にという案自体が胡散臭かった。

 僕が辞退したら、お飾りでワーナルが司令官に仕立て上げられただろう。

 クゼナールと馴れ合いなしのガチ戦となったはず。


 ひょっとすると戦況いかんで僕が王太子ということもあったかもしれない。

 でもそれは我が国の敗戦で王権が低下しているケースだ。

 今のように絶大な支持を得ているわけじゃないから、いつひっくり返されるかと脅えなくてはならなかったろう。


「結果的に計略に嵌ったけどさ。殿下が先陣を切ってクゼナール軍と一戦交えたのもよかった。果敢だというアピールができたよ。何もしない内に援軍が到着する展開になってたら、多分手柄は全部持ってかれちゃってた」

「僕は死にかけたんだが」

「あたしの石を持っててくれたのが最高だね。おかげであたしも一番格好いいタイミングで登場できたよ」


 思わず苦笑する。

 確かに聖女ユミティの存在感が爆上がりした。

 それは同時に婚約者である僕のメリットにもなった。


「ガインのおっちゃんを怪しげな援軍に向かわせた決断はビックリ。誰が味方かわからん状況で、一番信頼できるおっちゃんを手放すんだもんな。クゼナールにおっちゃんを当てて、殿下が裏切り者に向かう手だってあったのに」

「ユミティが勧めたんじゃないか。また僕自身もクゼナールに一矢報いたい気持ちがあった」


 一矢どころか完勝だったが。

 今になってわかる。

 僕が後方の裏切り者へ向かっていたら、味方殺しの汚名を着ていた可能性が高い。

 セラリア王国一の猛将ガイン将軍の実績と声望があってこそ成った策なのだ。


「正解へのごく細いルートだった。どこかで一つ間違えたら次期王の目はなかったよ。殿下すごい」

「君のおかげだ」


 ユミティを抱きしめる。


「貴族にも君が認められたことが嬉しい。もう誰にも文句は言わせない」

「おおう、殿下いつからそんないい男になっちゃったのよ?」

「元からだ」


 こら、首をかしげるな。


「これからはともに、セラリア王国のために」

「うん」

「そして僕のために」

「……うん」


 ハハッ、赤くなったユミティも可愛いな。


「チャンスがな……」

「えっ? チャンス?」

「ユミティが言っていたろう? 人は大体生まれで人生が決まってしまうと」

「言ったね」

「生まれがよくなくても努力次第で出世できる、そんな世の中がいいと思うんだ。希望があるだろう? 人材の登用の面でも有利だ」

「いい世の中だねえ」

「僕の治世はそういうものにしよう。協力してくれ」

「もちろんだよ」


 ああ、いい笑顔だ。

 僕はこの子が好きなんだ。


「貴族学校の卒業式では、答辞に二人で登壇して惚気たい」

「もー殿下はバカなんだから。協力したるわ」


 アハハと笑い合う。

 クゼナール戦での一番の収穫は、ユミティとの距離が近くなったことだ。

 心からそう思う。

 最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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