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第10話 非公式Cランク剣士ベルン

 ゴブリンの攻撃で足をやられた私は、右足を引きずりながら、なんとか壁の隙間に身を隠した。狭くて身動きが取れない。足のズキズキと痺れる痛みと、ゴブリンの打撃を受けた背中が、まるでフル装備のキャンプ道具を背負ってるかのように、重くのしかかってくる。

 ……冷たい。通路を這うように流れている冷気と、壁からの水が垂れてきて、服に染み込んでくる。震えが止まらない。だけど、こうしていてもしょうがない。


 時間のかかる回復魔法を唱え始めた。


「ミラクルヒールッ!! はぁはぁ……」


 回復魔法の詠唱の合間に、ダンジョン特有の、底冷えするような静寂が広がる。自分の荒い息遣いだけが耳障りで、心臓の音がうるさいほどに脈打つ。でも……。


「ミラクルヒールッ!! うっ……」

「ミラクルヒールッ!! はぁはぁはぁ……」

「ミラ……、うっ……いたたた」


   ◯


「もうっ! ちっとも効きやしない……」


 掌から放たれた光は、ただ虚しく揺らぐだけで、傷口はピクリとも反応しない。自分がこれほどまでに未熟だったとは……。回復魔法のレベルが低すぎる。

 あの時、ギルドのお姉さんの忠告をちゃんと聞いていれば、こんなことには……。やっぱり私にはまだ早すぎたんだ。討伐済ダンジョンとはいえ、まだ無理だったんだ。


 ――ザッ……。


 背筋に冷たいものが走り、思わず身体が硬直する。薄闇の奥で、何かが動いたような影が揺れた気がした。


「……!」


 またゴブリンか……?

 もう戦えないよ。せめて、夢見た魔法少女にはなれなくても、魔法使いとして強く生きたかったのに……。あーあ、魔法少女になりたかったなぁ……。

 女神さまのスキルを生かして素直に「聖女」を目指したほうがよかったのだろうか……。こんなふうに、あっけなく終わってしまうなんて。魔法使いになろうと決めた自分は、間違っていたのだろうか。


   ◯


「アリサ!」

 絶望に沈みかけていた私の耳に、よく知った少年の声が飛び込んできた。それは、暗闇の中に差し込んだ一筋の光のようだった。


「えっ? ベルン?」

 幻を見ているのかと思った。まさか、彼がこんな場所にいるはずが……。しかし、私を見つけたベルンは、息を切らしながらも、心底安堵したような顔で駆け寄ってくる。


「やっと見つけた。どんどん進んでいくから見失っちゃったよ」

 あまりの安堵に、身体の痛みを忘れて、思わず情けない声が出た。


「……なんであんたがダンジョンにいるのよ?」

「えへへ、アリサが心配でこっそりついて来ちゃった」


 心底ほっとした……。彼の声を聞いた瞬間、凍り付いていた体が、ほんの少しだけ温かくなった気がした。正式な冒険者ランカーではないベルンなのだけれど、彼の父親いわく、Cランクの剣士であるベルンがいれば、なんとか地上までは戻れそうだ。今の私には、彼がどれだけ頼もしいか、言葉にできないほどだった。


「ほら! 強力あかむし(レッドポーション)! 飲むがいい」

 ベルンは当然のように、小さな小瓶を差し出してきた。


「ありがとうベルン……。|即効性強力回復薬の赤虫ポーション・オブ・ヒーリングを持ってるなんて用意がいいね」

 こんな高価なものを、と驚きながら受け取ると、ベルンは目を丸くする。

「何言ってるんだよ。地上でギルドのねーちゃんが、みんなに配ってたのに受け取らなかったのか?」


「……!」


 あちゃー! やってしまった。そういえば、クエストの説明の時に、受付のお姉さんが何か配っていたような……。ダンジョン攻略のことで頭がいっぱいで、適当に聞き流してしまっていた。まさか、それがこんなに重要なものだったとは!

 しかし、ポーションが喉を通ると、熱い液体がジワリと全身に染み渡る感覚がした。足の痺れが少しずつ引いていくのが分かった。


「歩けそうだね。それじゃ、地上に帰ろうか……」

「うん……」


   ◯


 ――ザザッ! ヒッヒッヒッヒ!


 血の匂いに誘われたかのように、ぬるりと闇からそいつは現れた。

「うわ! またゴブリンが出た!」

 さっきのゴブリンの仲間だろうか。赤い瞳が暗闇でぎらつき、手にした粗末な棍棒を、まるで獲物を狙う獣のように構えている……えらい殺気だ。

 怖い……身体がこわばってしまう。さっきの戦闘での恐怖がよみがえり、思わずベルンの陰に隠れそうになった。


「アリサ! 明かりを強くしてくれ! そのステッキならできるはずだ。暗いと動きにくいから、強い光で援護してくれ!」


「えっ、そ、そうね、明るくするくらいなら……」

 この杖の唯一の取り柄である「明るくする」ことくらいなら、できるはず……。

 震える声で、しかしベルンの助けになりたい一心で、私はステッキを構え、強く願うように唱えた。えっと……確か、こうだったかな?……。


   聖なる光よっ!


   すべてのものに、光あれっ!


   ホーーリーーライットニングッッ!!


 ――ファアアアアアアアア……。


 ただの明かりではない、純粋な『光』が、周囲の闇を瞬時に押し退け、ダンジョンの一角を白く染め上げた。杖の先端から放たれたそれは、まるで小さな太陽が生まれたかのようだった。

 ベルンは姿勢を低くし、光の中を、まるで流れる水のように滑らかに、しかし猛烈な速さで駆け抜けた。ベルンの姿がゴブリンの懐に消えたかと思うと、一瞬の閃きと共に、銀色の弧が空間を切り裂いた。


 ズバアッ! チャッ、ズバババン!


 あっという間だった。

 私のステッキが放つ神聖な光が、ベルンの剣に吸い込まれるように集まり、彼の一振り一振りが、まるで銀色の稲妻のように闇を切り裂く。それは、見惚れるほどに流麗で、力強い舞踏のようだった。

 私は呆然と立ち尽くすしかなかった。ベルンの動きは、これまで見たどの冒険者よりも洗練され、力強かった。非公式Cランク、と聞かされていたけれど、これでは……まるで熟練のAランク冒険者のようだ。


「ほら、魔石だ! ちゃんと持って帰らないとな」

 ベルンは涼しい顔で、倒れたゴブリンから魔石を回収する。

「ベルンすごいねえ……」

 私の賞賛に、彼は照れたように頭を掻いた。

「まあね! 修行したからな。さあ、行こう」

 まだ成人していない少年っぽさが残るが、頼もしい背中を追いかけるように、私たちは、今度こそ地上を目指した。


          ―― 第11話へ つづく ――

次回第11話は2025年5月23日(金)午前6時50分に公開予約しています。

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