高市捕物帖(偽岡本綺堂)
夜の永田町永田町の裏路地は、春の宵に霧雨を纏ひて、まるで古いスキャンダルの頁の如く重たげであった。高市は、折り畳み傘を突きつつ、濡れたアスファルトを辿る。後ろを、子分の玉木が小走りに付き従ひて、肩をすくめ気味だ。「旦那、こ、こんな雨の夜に永田町なんざ……裏金話が出るとこじゃねぇすか」と、鼻を鳴らして呟く。コンビニのネオンは、黒塗りのセダンに滲み、往来する秘書の革靴音をぼんやりと浮き彫りにせり。遠くより居酒屋のカラオケが漏れ、政治資金パーティーの哄笑が霧に溶ける。「ぬし、そこのおっさん――」高市の声、低く響く。路傍の立ち飲み屋で、スーツのオヤジが首を傾げた。さきほど、血の――いや、裏金の染みたUSBが落ちてゐたのは此処だ。玉木が慌ててUSBを拾ひ上げ、「こ、これっすよ旦那! パスワードが……うひゃ、濡れて読めねぇ!」と顔をしかめる。闇に紛れし人影――ロビイストか、それともただの酔った議員か。高市の目は、ネオンの揺らめきに負けず、鋭く夜を切り裂く。やがて、路地の角より、秘書の鈴声。「お客様、こちらへ――」。玉木が「ひぃっ!」と飛び上がり、高市は小さく鼻を鳴らし、「お前はスマホ持て」と一喝。傘を進める高市。玉木はぶつぶつ言いながらも、必死に後を追ふ。永田町の夜は、スキャンダルの匂ひを孕みて、静かに息づいてゐた。




