第8話 モフモフな計略
夕飯後。いつものように部屋で勉強をしていた時だった。
スマホの画面に知らない番号が表示されていた。
いや、何となく見覚えがあるような気がする。
俺は一度だけその電話が切れるのを待った。
電話が切れると、スマホの画面には着信履歴が記録されていた。
いつもなら、電話番号を検索して遊ぶところだが、今日はそれをするまでもなかった。
「……何の用だよ」
電話の履歴から親父の前に掛けた相手の番号が消えていた。
否、位置が一番上に移動していた。
俺が親父の前に通話した相手。
それは俺の彼女(俺が騙されている可能性あり)――秋月フユだ。
現在の時刻は夜二十一時過ぎ。
良識ある人間なら、電話を掛けるのを躊躇うような時間帯。
そんな時間に一般的には彼女と呼ばれるべき、関係性にある女の子から電話があった。
フユの性格からして、用もなくこんな時間に電話を掛けてくるはずもない。
まさか何かトラブルに巻き込まれて、俺を変に利用するつもりか?
嫌だぞ。夜の街で不良相手に大立ち回りを演じるとか。
けれど、ほんの少しだけ不安になり掛けるか悩む。
何しろ、あいつ。メイド服姿で帰って行ったし。
無事に家へ帰れたかは、微妙に気になっていた。
「…………」
俺がスマホの画面を眺めていると、再度画面が点滅した。
画面に表示されたのは先ほどと同じ番号。あとでちゃんと登録しておかなければ。
俺はそんなことを考えながら、電話に出る。
「もしもし――」
『や、夜分遅くに申し訳ございません‼ わ、ワタクシ、夏陽ハル君とお付き合いさせて頂いている秋月フユですが、そちらにハル君は御在宅でしょうか?』
「……とりあえず落ち着け。これは俺のスマホだ。基本的に俺しか出ない」
電話の向こうから聞こえるフユの声。
夕方も電話でのやり取りをしたが、やはり電話では声が近すぎる。
流石の俺も多少の緊張を隠せない。女の子の声が耳元から聞こえる。
ただそれだけのことに、俺の心は緊張していた。
「それでなんの用だよ。急ぎじゃないならメールの方で――」
『ハル君のラインアカウントを教えてください‼』
「……悪い。俺、ラインやってないんだわ。というかアプリすら入れてない」
だからフユには、メアドだけを教えているわけだし。
よくよく考えたら夕方、本人にメールして番号を聞けば良かったな。
そうすれば、下げたくない頭をドラゴンキャットに下げる必要もなかった。
「というわけで。話がそれだけなら――」
『待ってください。それはその……本題の方は口で言うのが恥ずかしくて……』
「ならメールでも送ってくれ。あとで確認して返事を――」
『わ、わかりました。なら口頭で話します』
俺の言葉を聞いて、電話の向こう側で深呼吸をするフユの声が聞こえた。
一体何をそこまで緊張しているのやら。公園での俺でもあるまいし、深呼吸する必要なんて――
『明日の放課後、デートしませんか?』
意を決してフユが告げた言葉。
それを聞いて、俺の脳内が混乱した。
何しろ俺流デートの認識は、『カップルがただただ恋人に気を遣う苦行』と記録されているためだ。何なら気を遣う相手は恋人だけに限らず、周囲に至る場合すらもある。尚全て、レオと竜虎のデート話を聞いた俺の感想でしかないが。実際にデートなどしたこともない。それに相手は俺に嘘の告白をしてきた女子。もしかしたら、そのデート中に何かを仕掛けてくる気かもしれない。ここは慎重にことを運ぶべき事案だ。
「デートって言われても。俺は十八時前には帰るからな」
『はい、それで構いません』
「それと二人きりで入る個室とか、暗い映画館とかもパスな」
仮に二人きりのタイミングで『痴漢‼』と騒がれでもしたら、誰もがフユの味方に付くし。暗がりの映画館でも似たようなことが行えてしまう。できるだけデート場所は、人が多い場所を選ぶ方が吉だ。
ズバリ選択するなら、ゲームセンターやショッピングモールだ。
よし。こちらから提案して、一気に話を――
『……わかりました。では一緒に喫茶店に行きませんか?』
「カフェ? それってお前の家ってことか?」
『そうじゃなくて。ハル君、犬好きですよね?』
「犬に関わらず、愛玩動物は基本好きだな」
それにしても、その情報は一体誰が流したのやら。
俺と一緒に暮らしている中学生か。
同じクラスのヤンキー娘か。
どちらにしろ、周囲には隠しているはずなのに。
『ならアニマル喫茶に行きませんか‼ モフモフで可愛いと思うんです‼』
モフ――
脳裏に何匹ものモフモフ戦士たちが浮かぶ。
小さいのから大きいのまで。
素直から素直じゃないのまで。
あの無視された時の感覚も格別で。
「…………」
『ハル君?』
「……悪い。軽くトリップしてた」
危ない。危ない。犬猫のことになると、いつも我を忘れる。
それで今までに何度、捨てネコや捨て犬を拾ったことか。
毎度飼い主探しが大変だというのに。
「でもなんで急にアニマル喫茶なんだよ?」
『お父さんが知り合いの人からクーポンを貰って……ハル君が動物好きだったことを思い出したんです。それでハル君さえよければと思って――』
「わかった。明日は何があってもアニマル喫茶だな。フユも他の予定とか入れるなよ」
『はい‼』
通話はそこで終わった。
そして通話を切った俺はというと――
「やっちまった‼」
どうしよう‼ 行く気なんてなかったのに、まんまと行くことになった‼
そりゃあ、誰も動物の魅力には勝てませんよ‼
まさかこんな形で俺を誘き出すとは、フユはやはり策士だ。
まさかそのアニマル喫茶にいるのか?
俺を始末するため。もしくは追い詰めるために配置した、アニマルソルジャーが。
タスマニアデビルとか、ミーアキャットとか、コアラも抱っこしてみたい。
……いかん、警戒しないといけないのについ頬が緩む。
「まあ犬、猫が居れば、俺はそれだけで満足だな」
俺はニヤニヤと楽しみにしていた。
デートとしてではなく、単純にアニマル喫茶へ行くことを。
無防備にもフユへの警戒を忘れて。