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第6話 メイド服少女の胸中

 大勢の人に、メイド服姿を見られている恥ずかしさも忘れて、私は一心不乱に走っていました。

 ――ハル君に見られた。ハル君に見られた。それに私……すごく恥ずかしいこと……。

 顔が熱くなって、胸は走っている所為かまだドキドキしてます。

 でもまだ恥ずかしいのは確かで。


「……私、何をやってるんでしょうか?」


 私が行きついた先は公園でした。

 それももう誰もいない夕方の公園です。

 私はその公園にあるタコさんの滑り台の中で、膝を抱えて座っていました。


「絶対ハル君に、エッチな子だって思われちゃいましたよね」


 スマートフォンに録音したハル君の『可愛い』という発言。

 それを消せば済むかもしれない話なのに、私にはそれができなくて。

 やっぱり好きな人からの『可愛い』は特別です。録音してでも何度も聞き返したいものなんです。……それですごく困ったことになっちゃてるんですけど。


「……折角、ハル君とお付き合いできたのに」


 間違いなく嫌われちゃいましたよね?

 間違いなく幻滅されちゃいましたよね?

 ……ハル君なら、何も考えずに探しに来ちゃいそうですけど。

 少なくても私が知る、夏陽ハル君という男の子はそういう人です。

 昔から本当に変わらなくて――

 そういえば、初めてハル君とお喋りしたのもこの公園でしたね。

 あの時ハル君は、悩んでいる私に対して――


『バカだろ、お前。一緒に遊びたいなら、自分から言えよ』


 なんて言ってました。

 当時の私は自分の髪色や瞳の色が嫌いで。

 さらに周りからの視線を気にし過ぎてて。

 それなのにハル君は――


『髪色? 瞳の色? むしろそれがお前のアドバンテージだろ。俺の周りは黒髪や茶髪だし、目の色だってたぶん、ほとんどが黒だ。特殊っていうのは英語で言えばスペシャルだ。スペシャルっていうのは色々とすごいんだぞ。俺もよく知らなんけど。でも確実にそれがお前の人としての武器なんじゃないの? 人数が足りないんだ、一緒に来いよ』


 強引に私を連れ出してくれたんです。

 それも無自覚に私の心を助ける形で。

 そしてそれは今も変わらなくて。


「……本当にズルいです」


 何よりも、本人がそのことを覚えてないのが一番ズルいです。私は今もこんなにはっきり覚えてるのに。それ以外にもいっぱい、いっぱい、ハル君には助けられてばかりで。

 でもハル君には助けたつもりは無くて。ハル君にはきっと当たり前のことなんです。

 それなのに、誰かを助けるたびに誤解されて、それでいつも結局最後は一人ぼっち。獅子王君とはずっとお友達ですけど、それでも自分から関わろうとはしなくて。まるで遠慮しているみたいに、どこか他人事のような態度なんです。

 そんなハル君を子供の頃から見ていたら、何となく思ったんです。


「……ずっと隣を歩きたかったな」


 それでハル君が倒れそうになったら支える。

 そんなことぐらいしか、私にはできませんから。

 きっと、この気持ちは恋人で無くなっても変わらないと思います。

 ハル君が常に不変だったように。

 ですが――


「……嫌です」


 ハル君の隣には常に私が居たくて、ハル君には私の隣で笑っていてほしくて、自分でもわかるぐらい我儘です。それにそれと同じぐらい、私のことでハル君を縛りたくないんです。縛ってしまったら、私の好きなハル君が消えてしまいそうで。

 私の気持ちはもうグチャグチャでした。


「…………」


 胸元に押し当てていたスマートフォン。

 それを体から離して、画面を確認しました。

 けれど、当然ハル君からの電話なんて無くて。

 そもそも私もハル君も、お互いの電話番号なんて――

 ブルブルブル。

 私が携帯電話の画面を見ている時でした。不意に液晶が光出して、薄暗い中にいた私を照らしたんです。画面に映し出されたのは、見たこともない電話番号で。それなのに私は、なんとなくその電話に出ましました。


「はい――」

『おい、バカフユ‼ お前、メイド服姿でどこまで走ってるんだよ‼』


 電話口から聞こえる荒々しい声。

 それはいつもの冷静な彼と違っていて。

 電話の向こう側からは、乱れた息を整える声も聞こえていました。


「ど、どうしてハル君が私の番号を……」

『ドラゴンキャッ……竜虎に聞いた。それで? 今、どこに居るんだよ?』

「お、教えませんよ。それにその……私のこと幻滅しましたよね?」


 嫌われて当然です。いくら恋人同士とはいえ、彼氏の声を盗み撮りするなんて。

 そんなの変態さん以外の何者でもありま――


『アホたれ。それぐらいで幻滅するぐらいなら、初めから付き合ったりしないわ』

「でも私はハル君の声を録音して――」

『それについては俺が竜虎に怒られた。【彼氏のクセに可愛いも言わないわけ? 殺すわよ】ってな。というわけで要望さえあればいつでも言うつもりだ。だから……さっきの音声データは消してくれて構わない。これからはちゃんと言うよ……可愛いって』

「……なら今、言ってください」

『い、今か? 今はその……周りに大勢人もいるし――』

「言ってください」


 私はハル君の言葉を遮って、我儘なお願いをします。

 電話の向こう側では明らかにハル君が困っていて。

 それがわかったうえで、その言葉を引き出そうとする私。

 ……私も十分、ズルい女の子ですね。


「言ってください」


 私はもう一度、静かにお願いしました。

 すると電話の向こう側から小さな声で。


『わ、わかったよ。でも一回……今日はこの一回しか言わないからな』

「構いません」


 私が目を閉じてその瞬間を待っていると――


「可愛いよ、フユ。名前を呼ばれて嬉しそうな姿も、弁当を食べて貰って喜ぶ姿も、俺の声を録音したのがバレて、恥ずかしがる顔も……今日も全部可愛かったよ」


 すぐ近くから聞こえた予想外の声に、私が慌てて滑り台の中から顔を覗かせると、滑り台の中へ入る穴のすぐ横。そこに黒髪のクセ毛で、私よりも少し背の高い男の子が立っていました。


「ハル君?」


 私が思わず首を傾げると、真っ赤な顔をしたハル君が。


「……こ、これでいいか‼ 二、二回も可愛いなんて言っちまったけど‼」


 照れながらも、ちゃんと私に『可愛い』って言ってくれた男の子。

 ですが、私の気持ちはそちらよりも先に――


「なんで……ここに……いるんですか?」

「そりゃあ、お前を探して街中駆けずり回ったからな」

「でもさっきまで竜虎ちゃんたちと――」

「あれからすぐにこの場所を聞いて、電話をしながら走ってここまできた」


 夕陽と恥ずかしさの所為で、顔が真っ赤になっているハル君。

 その顔には大量の汗が浮かんでいて、表情にはドッと疲れが見えます。

 だけどハル君は公園を眺めながら、何かを思い出したように。


「そういえば昔、俺もよくこの公園で遊んでたな」

「知ってます。私も一緒に遊んでいましたから」

「……やっぱり、お前だったのか」

「……気づいてなかったんですね」

「小学校に入る前だぞ。覚えてるなら、お前の方が異常だ」

「でも忘れてる方がハル君らしいですよね」

「そりゃあアレか? 俺がバカとでも言いたいのか?」


 軽く私の方を睨んでくるハル君。

 忘れられた私の方が睨みたいぐらいです。

 私を連れ出してくれたのはハル君なのに、礼の言葉一つ言わせてくれないなんて。

 本当にハル君はズルいです。

 しばらくして、夕暮れの公園が昔のように私たちを包み込む中、ハル君がある話題を切り出します。


「それよりも……ちゃんと約束したんだ。音声データは消してくれ」

「そ、それは……」


 これからもハル君が『可愛い』と言ってくれるとはいえ、初めて言われた『可愛い』って言葉もすごく大切で。それを削除することは流石の私でも――


「断ったら、色々とバラすからな。お前がやってたこと」


 ……私がやってたこと?

 ……もしかして。

 ハル君の隠し撮りとか。

 ハル君にラブレターを出そうとしたりとか。

 ハル君の家に押しかけて、告白しようとしたりとか。

 ハル君の妹さんと仲良くなって、ハル君とも仲良くなろうとしたりとか。

 そういう、今までの行動が全部バレてたんですか⁉


「は、ハル君には勝てませんね。まさか知ってたなんて」

「当然だろ。お前のことはずっと見てたからな」

「ずっと私のことを見て……」


 ハル君の突然の告白に胸の鼓動が早くなって。顔がどんどん熱くなって。告白した時や録音を見られた時とは比べ物にならない程、恥ずかしい気持ちが込み上げてきました。だって私が告白する前から私のことを見ていたということは、ずっとハル君も私のことが気になっていたということで。それは言い方を変えると、ずっとハル君も私のことが好きだったということで。つまり……。


「すみません、ハル君‼ 私、今日はもう帰ります‼」


 気づいた時、私はハル君に頭を下げて走り出していました。一分一秒でも早く、ハル君の側から離れるために。だって小さい頃からずっと好きだった人も、ずっと私のことが好きだったんですから。そんなのこれ以上側に居たら、幸せと嬉しさと恥ずかしさで心臓が爆発しちゃいます。なんでいつもハル君は、言葉をオブラートに包まないんですか。


「……ハル君のバカ」


 ハル君から逃げる私は、胸の中が暖かくなるのを感じながら、笑ってそう呟きました。


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