第3話 唐揚げは危険
秋月との将来を綴る羽目になった恥ずかしい作文を読んだり、なぜか秋月へ『アイラブユー』と英語で言わされたり、秋月を抱えて保健室へ向かうことになった体育。さらに俺の服が解けることになった理科の実験。それらを乗り越えて今、俺はようやく昼飯を迎える。だがしかし、今日に関してはここが最難関だったりするわけで。
「遠慮しないで食べてくださいね」
教室の真ん中に陣取る俺と秋月
教室にいる誰もが注目していた。
俺の前には秋月の手作り弁当。
飲み物は秋月の用意した麦茶。
さらにすぐ目の前には秋月の姿。
……嫉妬で殺されそうだ、主に男子の。
レオは逃げるし、竜虎に関しては『朝のお詫びよ、お昼は邪魔しないわ』と、落ち込み気味で姿を消した。俺としては是非ともいて欲しかったのだが……主に毒見役として。秋月が俺を自分の駒として利用するつもりなら、その役目は既に果たしたはずだ。消すならこの昼休みが最適だろう。だとしたら、弁当に何かを仕込むのが必然と言える。それなのに――
「…………」
「どうしたんですか?」
「な、なんでもない」
……普通に美味そうで困る。
俺は固唾を飲み、箸を手に取る。
男なら覚悟を決めるしかあるまい。
大丈夫だ。ウチの妹以上の料理下手なんていない。
あの時の臨死体験に比べればどんな料理だって――
「…………」
俺のことを黙って見つめる秋月。
その視線に怪しさを感じながらも、俺は弁当の中にあった唐揚げを箸で掴む。
そしてそれを丸ごと口に入れる。
すると溢れ出す肉汁。スパイシーな味。
今まで食べたどんな唐揚げよりも美味かった。
「……毎日、俺のために弁当を――」
口の中の唐揚げを飲み込んだ後、思わず呟いていた。
危ない危ない。危うく俺の方からプロポーズするところだった。
嘘告白相手にプロポーズとか、末代どころか来々世までの恥だ。
相手を喜ばせる行為でしかない。
けれど――
「今、言いましたよね? 毎日、私のお弁当が食べたいって?」
どうやら俺の言葉が聞こえていたようで。
秋月の表情が明らかに緩む。
そして立ち上がり、俺の横に座ると俺の体に自分の体を預けてきた。
それも気を利かせてなのか、俺の利き手とは反対の左腕側に。
でもそれ以上に驚きなのは。
ザク。ザク。ザク。ザク。
スゲー、無言で男子が床にカッターの刃を刺してる。
床は誰の体の代わりなんだろうか。
「ところでハル君。お弁当のお礼にお願いがあります」
まさかここで取引だと?
弁当一つで俺にどんな悪行を――
「名前で呼んでくれませんか?」
ザクザクザクザクザクザクザクザクザク。
最早刺すどころか、掘っているような感じだった。
床板ってカッターで掘れるものだったんだな。
それにしても弁当の代償が名前を呼ぶ?
まさかそれに大きな意味があるのか?
俺が秋月の名前を呼んだら、特殊なビームが空から俺目掛けて降ってくるとか。
俺が秋月の名前を呼ぶことにより、俺が殺し屋にターゲットとして認定されるとか。
俺が秋月の名前を発すると、爆発する機械がさっき食べた唐揚げに混入していたとか。
……唐揚げか‼
「どうしたんですか~、ハル君~」
甘い声で尋ねてくる秋月。
しかも後ろから遂に、『バキバキバキバキ』と何かを破壊する音が聞こえている。
これ以上変な真似をすれば、今度粉々になるのは俺だ。
しかも唐揚げには小型爆弾が入っていて、それを俺は飲み込んでいる。
まさか俺と一緒に心中する腹積もりか?
いや、そんな危険を秋月が侵すはずない。
今朝だって、最終的には自分が死なない道を選択していた。
なら爆発するとしても、俺と秋月が離れた瞬間だ。
バラバラ解体ショーと爆弾による木端微塵。
できるだけ痛くないのは――
「そ、そうだな、フ、フユ。付き合ってるんだし、これからは俺も名前で呼ぶよ」
「……はい‼」
パァーと明るい笑顔を見せたフユ。
これで彼女と一緒にいれば、爆発しないことが実証できた。
いや~流石に死ぬのを覚悟したな。
それにしても俺が名前を呼んだことを確認して、喜ぶなんて作戦がバレバレだ。
これでフユの名前がキーワードということは理解した。
なら、一人の時に言わなければいいだけの話。
あとは一刻も早く排泄すれば問題ない。
……爆弾が時限式じゃない限りだけど。
仮に下校時刻の一時間後とかに、爆発するようセットされていたら――
「そ、そうだ。弁当のお礼も兼ねて帰りにどこかでお茶していかないか? 奢るぞ」
これで怯えて即座に『行かない』と言えば――
「行きます‼ ハル君と放課後のデート‼ 何があっても絶対に行きます‼」
鼻息を荒くして、行くと返事をした秋月。
爆弾がタイマー式じゃないことはわかったけど、この反応は一体?
まさか、次なる刺客は喫茶店にいるのか?
……そんなバカな。陰キャを騙して、利用する如きでそんなことあるはずがない。
きっとあれだ。ちょうど行きたい店とかあったんだよ。
それで俺に全額奢らせるつもりなんだ。……足りるかな、財布の中身。
俺が財布に残った諭吉さんと北里さんの枚数を考えていると、俺の左側を陣取るフユが、小さく俺の体を揺らす。そして真っ直ぐに俺の顔を見て、あることを注意してきた。
「でもハル君。私はハル君に奢ってもらうつもりなんて、ありませんからね」
「いやいや。彼氏なんだし、それぐらいは――」
「絶対に嫌です」
笑顔で拒絶された。
意味が分からない。
俺を嵌めて彼氏にできたと思っているのなら、好きなだけ奢らせればいいのに。
フユはそれをしようとしない。
むしろ、自分から俺の提案を断った。
一体、なんでそんなことをしたんだ?
考えたところで答えなんて出なかった。
そして気づいたら、昼休み終了まで五分。
俺は慌てて、残っていた弁当を食べ切った。