第28話 黒歴史が増えた
フユの家から帰ってきた俺は、死んだように自分の部屋のヘッドへダイブした。
頭に過ぎるのはフユに向けて放った数々の発言。
『俺と結婚を前提に付き合い続けてくれ』
『それでも俺のこの気持ちは、ずっと変わらない』
あんなの我ながら黒歴史確定だ。
俺的には一生思い出したくない。
「……何してるの、お兄ちゃん」
「見てわからないか?」
「わからないから聞いてるんだけど」
どうやら部屋のドアを閉め忘れたらしい。
部屋の外から華の辛辣な声が聞こえていた。
「その様子を見ると、フユさんと仲直りしたんだ」
「……あいつになんか言われたのか?」
「言われてないよ。でも友達だからね」
「友達はそんな便利な代物じゃない」
顔を少しだけベッドから上げて、ドアの方を確認する。
華の手には、棒のバニラアイスが握られていた。
「ほら。この前、フユさん突然朝早く帰ったでしょ」
「…………」
「アレを見て。あ~またお兄ちゃん、何かやっちゃったな~。と華は思ったわけですよ」
「俺が何かしたこと前提かよ」
「じゃあ、実際はどうだったの?」
「…………」
「お兄ちゃん。自分に都合が悪くなると、すぐ黙るよね?」
妹の心無い声がズキズキと、俺の胸に突き刺さる。
確かに華の言う通りだ。俺は簡単に口を噤む。
それで本音はいつも胸の中。でも今日は違う。
あいつに言いたいことを全て、ぶちまけてきた。
だからこそ今、俺は若干ナーバースなのだ。
それも軽く死にたいレベルで。
「でもフユさんと仲直りできて良かったね」
「その代償が俺的には大き過ぎたけどな」
頭の中に未だに頭に残る恥ずかしい言葉。
アレを全部、数時間前の自分が言ったかと思うと身震いする。
俺、あんなに痛いやつだったの?
「とか言って本当は嬉しいクセに」
「勝手なこと言ってるんじゃねぇ」
嫌な気持ちは一切ないが、それでも恥ずかしさはMAXなんだよ。
なんで高校生にもなって、変な青春劇を繰り広げてるんだ、俺は。
「まあ私はフユさんが幸せなら、お兄ちゃんを振ってもらっても構わないけどね」
「俺の幸せについては考えないのな。そこはやっぱり、将来のお姉様優先でしょ」
「お前、色々と矛盾してない?」
「とにかく。またバカなことして、フユさんに愛想尽かされないようにね」
華はそう言うとアイスを食べながら、隣にある自分の部屋へ行ってしまった。
言われなくてもわかって――いや、わかってないから喧嘩になったのか。
でも今はちゃんとわかってる。
だからあんな恥ずかしい告白をしたんだ。
あいつの隣にずっと居続けたくて。
「それにしても……」
女の子に好きになってもらうには、どうすれば良いんだ?
あれか? やっぱり男は優しさなのか?
でも優しいだけだと、良い人止まりだし。
なら賢さとか、スポーツで活躍するところを見せれば……。
ダメだな。理数系は壊滅的だし、スポーツだって平均レベルだぞ。
フユが俺を好きになる要素が全く見つからない。
そもそもフユのやつ、実際はどんな男がタイプなんだ?
「あいつなら、知ってるかもしれないけど……なんて言って聞けばいいんだ?」
俺はズボンのポケットに手を伸ばして、その中のスマホを握る。
けれど肝心の質問方法が浮かばない。
だって表向きは恋人関係にある相手。
その相手の好みを聞きたいなんて、明らかにおかしな話だ。
聞くにしても、慎重に聞かざるを得ない。
でなければ、簡単にバレてしまう。
俺とフユの関係が。でもそれで気まずくなって、簡単に別れるのは絶対に嫌だ。
そもそも俺はまだ、返事すらもらっていないんだから。
俺が思考を巡らせていると、ポケットの中のスマホが振動した。
それも一時的にではなく、振動し続けていた。
どうやら誰かから着信があったらしい。
「もしも――」
『ちゃんと仲直りしたわけ?』
聞こえた声はとても不機嫌そうだった。
スマホの画面を見なくてもわかる。
俺の彼女の親友からの電話だ。
「お前には関係――」
『あん?』
「……ないこともないか」
俺はドスの効いた声に怖気づいて、素早く自分の言葉を撤回した。
それにしても、なんていいタイミングだ。
今まさにこいつ――竜虎に電話を掛けようとしてたところだ。
「仲直りはちゃんとしたさ。それよりもお前に聞きたいことが――」
『本当でしょうね? アンタ、昔から言葉足らずなところあるし――』
「本当だ。こんなことで嘘吐いてもしょうが――」
『そう言ってアンタ昔、アタシを庇って殴られたこと黙ってたでしょ?』
「それはガキの頃の話だ」
『去年ぐらいの話よ‼』
「去年はガキだったんだよ」
『なら今は大人なわけ?』
俺は答えなかった。
言われてみれば確かに、今の俺は大人ではなかったからだ。
「……お前はすぐ嫌なところを見破るよな」
『アンタのことはずっと見て来たもの』
「お前、そんなに俺のことを始末しようと――」
『良かったわね、電話で。直接会ってたら、殺してたところだわ』
電話の向こうから聞こえる声。
そこには怒気が含まれていた。
単なる冗談なのに。相変わらず単純なやつだ。
そして単純には単純で。
俺も単刀直入に聞くとしよう。
「――ところで。フユの男の好みって知ってるか?」




