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第25話 覚悟した

 学校帰り。俺は憂鬱な気分で下校していた。

 理由は俺がこれから赴くべき場所。

 俺がこれから行くのは『休憩処秋月』。

 俺の任務は休んだフユへプリントを届けること。

 そのはずなのにすごく足取りが重い。

 来るまでは、フユと話をするつもりで居たのに。

 それなのに今は店の前で立ち往生。


 気持ちは確かに前を向いている。

 それなのに何を話すべきか。

 まだ整理し切れていない。

 レオと話して以降、ずっと頭をフル回転しているのに。


「……なんと話したものか」


 今日、フユは学校を休んだ。

 学校には風邪の連絡をしているらしいが、間違いなく俺を避けている。

 だから避けられている俺が赴き、何をどう話すべきか。

 俺は未だに少しだけ悩んでいた。


「何かお困りごとかな?」


 しばらく俺が店の入り口前に立っていると、店のドアの隙間から覗く顔が。

 それは最近、俺が知り合った中でも最大限にキャラの濃い男だった。

 筋肉質で口元にはダンディーな口髭を携え、白い作業着でこちらを覗いている。

 フユパパが俺のことを見ていた。


「あの……学校に言われてプリントを届けに来たんですが」

「なるほど。ならついでに娘の顔も見て行くかい?」

「それは――」


 言い掛けて戸惑う。

 会って何を言うか。

 俺はまだ何も答えを見つけていない。

 けれど、脳裏にはまだ残っている。

 俺の部屋から立ち去るフユの背中が。

 あの後ろ姿が今も、消えてくれない。


「会わせてください」


 俺は自然消滅という言葉に慣れている。

 子供の頃、レオ以外と遊んだことがある。

 でも進学毎や翌日にはリセットが施され、その関係は俺の中でなかったものとされる。

 俺にとってはその方が楽だった。都合が良かった。


 でも俺は今、秋月フユに関しては、心のどこかで惜しいなと感じている。

 今、関係を断つことに躊躇いを覚えている。

 相手は俺に嘘の告白をしてきた女だ。

 そんなこと自分でもわかってる。

 でも一緒にいるのは嫌じゃなかった。

 それが今日一日で出した俺の答えである。


   ***


「ここがフユの部屋ですか?」


 案内されて訪れた店の二階。

 そこにあるいくつもの部屋。

 その一つの前で俺はフユママと立っていた。


「その顔、もしかしてあの子からなんか聞いた?」


 俺が部屋の前で軽い深呼吸をしていると、隣に立つフユママに尋ねられた。

 どうやら俺の顔に現れていたらしい。

 何か……覚悟を決めたような表情が。


「まあフユの両親周りの事情をザックリと」

「あの子にはアタシの姉が悪いことをしたと思ってるよ」


 フユママは頭に巻いたタオルで目元を隠す。

 別にフユママもフユパパも悪いわけではない。

 むしろ、フユを引き取った二人の行動は尊敬するべきもの。

 仮に俺が大人で、絶対にあり得ないと思うが、華が子供を置いて逃げた場合。俺はその子供を引き取り、自分の子供として育てられるだろうか? 答えはノーだ。恐らく俺なら誰かに押し付けようとする。たぶん、普通ならそういう思考に陥る。それでも秋月夫妻は引き取ることを選択した。そこに優しさと愛情があるなら、それは正しい行為だと思う。


「それでもあいつは、今も本当の両親が好きならしいですよ」

「知ってるよ。本当、あの子は昔から色々なものに優し過ぎて困る」

「そうですね。俺も最近、あいつのことで色々と悩んでばかりです」


 だからレオに言われるまで気づかなかった。

 俺の行動一つで傷つく人間がいるなんて。

 そんな人間、いないと思っていたから。


「悩んでる割には良い顔してるね」

「散々迷って出した答えですからね」


 悩んで出した答え。

 それにはきっと価値がある。

 悩んでいる時間も無駄ではない。

 だから俺は前に進むことにした。


「もしかしたら俺、もう今日限りでここには来ないかもしれません」

「何? もしかしてこれから別れ話でもするつもりかい?」

「それぐらいの覚悟をしないといけない話を少々」

「青春してるね‼」


 フユママが笑って俺の背中を強く叩く。

 その勢いに押され、俺は思わず前のめりに倒れそうになる。

 聞いた話ではフユママの方が叔母に当るらしいが、フユとはほとんど似ていない。

 フユはどちらかというと、少々内気気味な性格だ。

 でもちゃんと似ているところもある。

 どちらも本当に優しい人間だ。


「それじゃあ、アタシは行くね。アタシが居たら、お邪魔だろうし」

「別にそんなことは――」

「いやいや。ここから一気にそういう展開になったらね――」

「なりませんから‼ 俺、節度はちゃんと護って行動しますから‼」


 冗談交じりの笑みを浮かべて、フユママが二階から去って行く。

 本当、勘違いも甚だしい。仲直りでそういう行動をするのはフィクションの中だけだ。

 実際は男女が喧嘩をすればそれまで。関係が修復されることなど、ほとんどゼロに近い。だから現実のカップルは大概、仲直りなんてしないと俺は考えている。それに動くのは俺だ。誰かと別れればそこまで。友情すら、つかず離れずでなければ維持できないような男。それが夏陽ハルという男である。さてさて――


「一体何から話したものやら」


 俺は重い気持ちで、部屋のドアを開ける。


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