表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

23/29

第22話 喧嘩した

 本当に優しいやつがいたとしたら、たぶんそれは誰も傷つけないやつだと思う。

 だから俺は絶対に優しくなどない。

 フユを捨てたとはいえ、相手は彼女の実の両親。

 それを殴りたいなんて、単なる最低野郎でしかない。

 仮にこの感情が、フユを思ってのものなら『同情』と俺は捉えた。

 でもこれは紛れもなく俺の怒りである。

 俺自身が俺自身の意思で、フユの両親を殴りたいのだ。


「悪いが俺は殴るぞ。お前の本当の両親のことを」

「……はい」


 フユが静か弱々しく頷く。

 たぶん彼女の中でも、両親のことがちゃんと整理されていないのだろう。

 それはきっと心残りとして、今のフユの中にも残り続けている。

 それも秋月フユという女の子が、一人で背負う必要のない重荷として。

 フユの両親が姿を消したこと。それは絶対に彼女の所為なんかじゃない。

 現に彼女の曾爺さんの言葉を受け入れれば、そんなことにはならないはずだ。

 だからそれは決してフユの両親が、彼女を手放す言い訳になどならない。

 現にそれを受け入れ理解しているからこそ、今の両親とフユはちゃんと親子なのだ。


 だからこそ俺はムカついてしまう。

 だってこんなの理不尽じゃないか。

 フユには間違いなく、救われる権利がある。

 ……その救いが何かは俺にもわからないが。

 でもそれだけは誰にも否定させない。

 それはもちろん、フユ本人にもだ。


「……お前は両親を恨んでるのか?」

「わかりません。それ以前の話ですから」


 確かにフユが捨てられたのは、生まれて間もなく。

 そんな赤ん坊に、まともな記憶などあるはずがない。

 あるとしたら――


「でも『愛してる』と言われました。何度も何度も暗い場所で」


 それは母親の腹の中。つまり胎児として宿っていた頃の記憶。

 まさかそんなことを覚えているとは。

 記憶力は確かにいいみたいだ。

 でも今はそれが仇となっている。


「あの人たちの愛を歪めたのが私なら、あの人たちは何も悪く――」

「悪いに決まってるだろうが」


 俺の口から自然と言葉が溢れる。

 残念ながら、俺には親の気持ちなんてわからない。

 でもフユの気持ち。子供の気持ちならわかる。


「子供に重荷を背負わせている時点で、そんなの悪いに決まってる」

「でも私の所為で――」

「お前が思うのは自由だ。でも第三者から見れば、お前は何も悪くない」


 ただ金色の髪で青い瞳で生まれてきただけ。

 それだけのことが悪? それを背負わせるのが正義?

 そんなバカな話を許していいはずがない。


「それでもまだ自分が悪いと思うなら、その重荷を俺にも背負わせろ」

「でもハル君には関係――」

「俺とお前は彼氏彼女なんだろ? ならいくらでも荷物ぐらい一緒に持ってやる」


 俺はフユの告白が嘘だということも忘れ、強く宣言していた。

 言ってから頭の中では『うわ~⁉ 何言ってるの? バカじゃん? 振られること確定なんだぞ。絶対に後々笑い者にされるじゃん』と色々な感情が渦巻いていた。

 それでも言ったこと自体に、俺は一切後悔していない。

 ただもう少し、言葉は慎重に選べと心から思ったが。


「そういうわけでお前の両親殴るのは俺担当で――」


 俺は軽く握った拳をゆっくりと前へ突き出す。

 それはフユの右頬へふんわりと優しく触れた。


「それでお前の両親がすぐに謝罪したら、それを許すのがお前の仕事だ」


 俺ができるのはあくまでも道筋を作ることだけ。

 フユと彼女の両親が仲直りするためのきっかけ作り。

 それぐらいしか、俺にしてやれることはない。

 汚れ役を俺が引き受けて、フユは親と仲直り。

 恐らくそれが一番正しいやり方だ。

 そのはずなのに――


「……ハル君」


 俺が伸ばした右手にフユの手が触れる。

 その手は若干だが、ひんやりとしていた。

 でも俺の手に触れたフユの目は鋭くて。


「――そういうのもうやめてください」


 彼女は真っ直ぐ俺の目を見て言った。

 珍しく、彼女の激しい怒りが見て取れる。

 それは誰が見ても明らかに『怒り』の表情。

 では何に怒っているのか?

 誰に対して怒っているのか?

 そんなの彼女の綺麗な青い瞳に映るもの。

 それを見れば、すぐにわかることだった。


「どうしてワザワザ、自分で自分が傷つく方を選ぶんですか?」

「……別に傷つくって程では。それにその方が効率とかが――」

「効率なんて知りません‼ 単純に私が見たくないんです‼」


 部屋中にフユの叫び声が響く。

 その声は俺の頭の中にも響く。

 でも俺にはわからなかった。

 わかりたくないと思ってしまった。

 彼女が何を言おうとしているのかを。


「……時には個人の感情よりも優先すべきものがある」

「それをハル君が言うんですか? ハル君みたいな自己中な人が」


 それに関しては、確かにその通りだと思った。

 俺は『個人の感情よりも優先するべきものがある』と口に出した。

 しかし、俺の胸に生まれた怒りはまさに個人の感情だ。

 自分の感情は優先するのに、フユの感情は無視するのか?

 それは当然の疑問だ。だけど俺は――


「だとしても、俺はさっきの策を押す」


 その方が全てのわだかまりがなくなり、フユも彼女の両親も新たに歩き出すことができる。そこに俺は部外者にも拘わらず、家族の問題に口を挟んだうえ、暴力まで振るった最低な娘の彼氏として刻まれるだけ。それにそれはすぐに過去になること。ならば、フユが負うべき被害は最小に抑えることが――


「もう今夜は寝ます」


 俺が思考を巡らせていると、フユが静かに立ち上がる。

 また既に俺の手から彼女の手の感触は消え失せていた。


「……この件に関してはもうハル君を頼りません」


 そう言って静かに部屋を出て行ったフユ。

 俺は黙って何も言うことなく、その背中を見送った。

 そのどこか悲しそうな後ろ姿を、脳裏に焼き付けて。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ