第21話 両親について話された
俺の部屋に女の子がいる。
それも華ではない女の子が。
こんなの初めてじゃないか?
「――ハル君‼ この下が怪しいと思います」
「何を探してるんだよ」
ベッドの下を覗き込むフユ。
俺は冷静に指摘して、いつものように勉強を進める。
「それにしてもハル君。意外と勉強熱心なんですね」
「一応大学には行くつもりだからな。塾とかも行きたくないし」
「それって華ちゃんのためですか?」
「あいつ、要領はいいけど。成績は俺よりも悪いからな」
兄としては妹の将来を優先したくなる。
まあフユにはあまり関係ない話だろう。
「お前は主席合格だもんな。予習復習もあっさりなんだろ?」
俺の場合、文系以外は基本的に最悪だ。
数学なんて公式すら覚えてないやつもある。
それも中学の範囲で。中でも図形は苦手だし。
なんなの数学って? 受験以外で使わなくね?
それが俺の素直な感想だったりするわけで。
「フユは文系と理系、どっちが得意なんだ?」
「特に得て不得手はありませんが、どちらかというと文系の方が好きですね」
「ふ~ん。なんでだよ?」
「今、そちらに進路を決めました」
「はい?」
俺がフユの答えに驚くと、本人はニッコリと笑顔を浮かべていた。
本当によくわからないやつだ。
「ハル君は将来の夢とか決めているんですか?」
「俺は特にないな。その点、お前は店を継ぐんだろ?」
「それはちょっと……確かにあの店は両親の帰る場所ですが」
「帰る場所? お前の親父も母ちゃんも店にいただろ?」
「それは……」
何かを言い掛けてフユが押し黙る。
それに思わず俺は首を捻った。
たぶん――
「デリケートな話なら俺は聞かない。そういう話を聞き出すのは苦手だからな」
フユに背中を向けて、再度中学の数学の問題集を解き始めた俺。
後ろからは妙な視線をずっと感じていて。
やや集中力が薄まりつつあったが、何とか問題を解こうと必死になった。
けれど、やはり気になって仕方がない。
「どうしたんだ――」
俺が後ろを向いた時、すぐ近くまでフユが近づいてきていた。
フユと俺の視線が重なる。
互いの瞳に映るのはお互いだけ。
だからこそ、何となくわかった。
「……そんなに辛い話なのか?」
俺の問いかけにフユは潤んだ瞳のまま、小さく首を縦に振った。
「でも……ですね。ハル君には知ってて欲しい気がするんです」
そう言ったフユは、いつも以上に大人びて見えた。
***
「ハル君は私の姿を見て、おかしいと思いませんでしたか?」
部屋の真ん中に座り、向かい合った状態だった。
フユが俺の顔を真剣な眼差しでみつめ、尋ねてくる。
「そりゃあ金色の髪なんて珍しいけど。でもハーフとかなら……」
でも待てよ。フユの家に行った時、両親はどちらも日本人だった。
確かに親父さんは筋肉質だったけど、あくまでもそれだけだ。
なら――
「クォーターとかなのか?」
「違います。母も父も祖父母も歴とした日本人です」
益々意味が分からなかった。
ならなんで金色の髪なんだ?
瞳の色だって青色だし。
明らかに海外の血が――
「私は軽い先祖返りみたいなものなんです」
俺の思考を遮り、フユが告げた言葉。
先祖返り? でもそれが真実だとするなら。
「お前の先祖に外国の人間がいたのか?」
「はい。あくまでも曾お祖父ちゃんのお話ですが」
「ふ~ん。それで? どうしてそれがお前の父ちゃんと母ちゃんの話に――」
「今、一緒に暮らしてる二人は私の本当の両親ではないんです」
それは恐らくフユにとって言いたくない話。
フユはやや辛そうに顔を歪めてゆっくりと話す。
「私のお父さんは私が生まれてすぐ。お母さんもその後を追うように姿を消しました」
父親が姿を消した理由。
それをフユは一切話さなかった。
ただ両親が姿を消したことだけを話す。
でも俺だってバカじゃない。少し考えればすぐにわかる。
普通の日本人夫婦の間に子供が生まれました。ただし髪は金色、瞳の色は青色です。
そんな状況に陥れば、誰だってあっさりと悪い想像をしてしまうはずだ。
そして実際にフユの両親はそれをした。その結果が失踪なのだろう。
「今のあの両親は?」
「お母さんは私の叔母さんで。お父さんはそのお婿さんです」
なるほど。だからフユはどちらにも似ていなかったのか。
フユママはどう見ても、ヤンキー上がりの茶髪ラーメン大将。
フユパパは喫茶店のオーナーとは思えない筋肉ダルママスター。
けれど、どちらも本当の親子のようにフユと接していた。
だから、フユに言われるまで気づかなかったのだろう。
「……なんで俺にそんな話したんだ?」
「そうですね。ハル君は優しいですから。慰めてくれると思ったんです」
「バカ言え。人を慰めるなんて俺が最も苦手とする行為の一つだぞ」
俺は人を慰めるのが苦手だ。慰めたつもりが反感を買ったり、慰めたはずが泣かれたり。昔から人の心に触れる時、俺は常に土足でズカズカと上がり込んでいる。きっと相談所など開いたら、三日もしないウチに潰れるはずだ。
それなのに、こいつは何を言っているんだ?
俺にできるのは精々、隣で『うん』と頷いてやることぐらいだ。
そもそも人が人を助けるなんて、烏滸がましい行為だと俺は思う。
人なんていつだって、気づけば勝手に自分を救っている存在だ。
本当に自分を救えるのは自分だけ。
だから悩みや辛い過去を打ち明けられても、俺には「だからどうした?」としか言えない。それなのにフユは――
「それでも構いません。ハル君の不器用な優しさが心地良いんです」
相変わらず意味の分からないことを言われた。
不器用は良しとして。俺が優しい?
それはフユの勘違いに過ぎない。
仮に本当に優しいやつなら、こんな風には思わないのだから。
「俺は優しくなんかないさ。その証拠に今、俺はお前の本当の両親をぶっ飛ばしたくて、たまらないんだからな」




