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第19話 電話が来た

 料理は愛情なんて言うが、そんなの嘘っぱちだ。

 キッチンの方から聞こえるフユの悲鳴と華の暴走する声。

 俺はそれを階段に座り込んだまま聞いていた。

 しかも、親父と母ちゃんにメールを送信したところ。


『悪い。今日は同僚と呑んでから帰るな‼』

『ごめんね。急な残業ができたの。晩御飯? 残しておかなくて大丈夫よ』


 こういう時、素直に親って汚いと思う。

 しかも二人揃って――


『『任せた、お兄ちゃん』』


 俺に全て丸投げしてきた。

 普通、息子の彼女が泊まりに来ているとなったら、早く帰って来るものではないのか?

 親としてそこは気になるべきポイントだと思う。

 華の料理を食べたくない魂胆が見え見えだ。

 俺がスマホ片手に、両親へ不幸のメールを送ろうかと考えている時だった。

 二日ぶりに俺のスマホに着信画面が表示される。

 画面には一言『ドラゴン』と表示されていた。

 本来なら、出たくない相手。

 けれど出なければ、月曜日に何を言われるか分かったもんじゃない。

 ここは安全策を取るしかないだろう。


「……もしもし」

『なんで嫌そうな声なのよ?』


 電話の向こうから聞こえる高圧的な声。

 それも俺の親友の彼女の高圧的な声が。


「……珍しいな。お前が俺に電話して来るなんて」

『別に。ただ今日のお礼を言おうと思っただけよ!』

「別に感謝されるようなことじゃない。俺は迷子犬を飼い主に届けただけだ」

『……アンタはそう言うわよね』


 どこか落ち込んだ様子の声音。

 一体何を落ち込む必要があるんだ?

 俺に借りを作らなかったことを喜ぶべきだ。

 竜虎にとって、俺に借りを作ることは屈辱的なはずだ。


『ところでアンタ、明日暇? 良ければ今日のお礼に――』

「悪いけど、多分無理。今、ウチにフユが泊まりに来てるんだ」

『……ふ、ふ~ん。案外、進展してるんだ~』

「いやいや聞いてくれよ。なんか急に泊まるとか言い出してさ」

『何? 遂に家族と会わせる気? ファンクラブが黙ってないわよ』

「勘違いするな。なんか俺の部屋を調べるんだと。いかがわしい本がないか」


 別に取り繕う必要もないため、俺はスラスラと本当のことだけを述べる。

 そもそも言うほど、俺はそういう本を持っていない。

 それに一冊ぐらい持っていなければ、それは男子高校生ではないと思う。

 だからきっとレオは男子高校生じゃない。

 あいつ、本当に竜虎以外には興味無さそうだし。


「というわけでたぶん、明日は強引にでも部屋を漁られると――」

『……も行く』

「はい?」


 竜虎がスマホから離れた位置にいるのか。

 あまりにも声が小さくて聞き取りづらかった。

 そのため俺は思わず聞き返してしまう。

 けれどすぐに大きな声で。


『アタシも行くって言ったのよ‼ 今すぐ……は無理だけど。明日の朝から行くから‼』

「なんでだよ‼ なんでお前まで俺のエロ本に興味津々なんだよ‼」


 電話口から聞こえた間抜けな叫び声。

 それについ強めな口調で反論した。

 だって俺にとっては恥を晒すだけ。

 しかも相手は親友の彼女だ。

 もしレオに知られたら……。


「絶対に来るなよ」

『いいえ、行きます』


 相変わらず竜虎は強情だ。

 なんで二人して、俺の性癖に興味津々なんだよ。

 見ても全然面白くないぞ。至ってノーマルな性癖だし。


『それにその……久しぶりに華にも会いたいし』

「お前にウチの妹はやらん‼」

『どんな勘違いしてんのよ⁉』


 まさか竜虎にそっちの気があったとは。

 確かにフユにベッタリだとは思ったんだ。

 ファンクラブの会長まで勤めてたし。

 それがまさかライクではなく、ラブの気持ちから来てたなんて。

 今後、竜虎には華を近づけないようにしなければ。


『……アンタ、またさらに酷い勘違いしてるでしょ』

「妹をつけ狙う変態の言葉に聞く耳持つと思うか?」

『いい加減にその悪いクセ、治しなさいよね』


 電話の向こうで竜虎が深い溜息を吐いた。

 はて? こいつは一体何を言っているのやら。


『それよりも明日、本当に行くからね。忘れるんじゃないわよ』

「……お前、相変わらず強引だな。折角の休みなんだからレオとデートにでも――」

『それはダメ‼』


 いきなりの大声に思わず、スマホから顔を離した。

 電話のため相手の顔は見えないけど、どうやらかなりパニックっているようで。

 雑音として何かを激しく叩く音が聞こえていた。

 ……それ、目の前にいない俺の代わりだったりしないよな?


『……今はダメなの』


 しばらくして雑音が消え、聞こえてきた竜虎の穏やかな声。

 その声音はどこか悩んでいるようで。どこか迷っているようで。

 明らかに何かを気にしていた。


「レオと喧嘩でもしたのか?」

『そうじゃないわ。ただアタシの気持ちの問題だから』

「なんだ、それ?」


 つまり、恋する乙女は複雑だということか。

 ウチの彼女とはえらい違いだ。

 まあ恋なんてしてないのだから当然だろう。

 考えているのは多分、俺をどう惨めに振るかだけ。

 今は俺を高いところから叩き落とすための準備期間。

 そういう認識で俺はいる。

 その前に華の料理で、地獄に叩き落とされそうだが。


『そういうわけだから。もし今夜フユに変な事したら殺すわよ』

「しねぇよ。俺にそんな度胸と甲斐性があると思うのか?」

『そうよね。あのサボり魔でリア充が嫌いな夏陽だものね』

「わかってるなら、冗談でもそういうこと言うな」


 俺がフユに手を出す? あり得ない。

 仮にフユが本気で俺のことを好きだったとしても、俺はその一線を軽々しく超えない。

 俺たちはあくまでも高校生。その範囲内の男女交際というものがあるから。

 それに――


「仮に俺がそんなヤリチン野郎なら、危ないのはお前も同じだろ」

『は、はい? なんでアタシが⁉』

「だってお前、黙ってれば可愛いし。昔からのサボり仲間だからな」

『それだけでアタシに触るんだ?』

「陽キャとはそういう存在と心得ております」

『アンタ、相変わらず物の味方が捻くれてるわね』

「茶化すな。つまりそれぐらいにはお前も魅力的なんだよ」

『…………へぇ~。それってもしかして浮気宣言?』

「バカ言うな。二人の人間と同時に付き合えるほど、俺は器用な男じゃない」

『知ってる! 夏陽はやっぱり夏陽だもんね‼』


 やや弾んだ声で告げる竜虎。

 いくらドラゴンキャットでも。

 いくら相手が俺だったとしても。

 やはり男に褒められるのは嬉しいらしい。

 そういうところはちゃんと女の子だと思った。


『ところでフユは? 今どうしてるの?』

「……華と一緒に夕飯作ってる」

『……死なないでね』

「……死にたくはないな、愛する妹の手料理で」

『出た、シスコン』


 それから俺と竜虎はなんだかんだ言いながらも、料理が完成するまで電話を続けた。


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